聖女の進軍 再始動 5
邪神の張っていたのは厳密にいうとバリアじゃあない。
通り抜けは容易だけど、何処に出て来るかはランダムってだけの話。
仮にエリア内にあったものが、だ。
自らの意思で外に出ようとすると、元の位置に返ってくるような仕組みになってた訳で。
これを妖精の悪戯――“迷わしの森”結界という。
幻覚みたいな魔法の一種だと、近年まで思われてたけど。
乙女神付の御使いが申すならば。
『空間魔法の原初版です。これの応用になると、任意の場所座標をランダムに書き換えながら、非術者の心を完全に折に来る厄介な代物でして...』と、まあ。楽しそうに話してくれましてね。あたしがぞっとしているにも関わらず、おしっこの原因になる紅茶を手配してくれたもんですよ。
ああ。
いやだいやだ、排泄なんかしない連中の無配慮なサービスなんて。
さて、と。
あたしのもうひとりの後輩、蒼炎の魔女だけども。
何してんのかなあって思った訳ですよ。
あたしに激突させてくれたハトは失神してるんだが。
こいつの足には書簡筒があった。
『助けてクレメンス!!』
広げても長さ5センチメートル程度の小付箋紙程度の紙片に。
書ける文字数も限られてるのは理解できる。
だが、もう少し何かあるんだろ? 普通。
助けたいのはやまやま、だよ。
場所を書け、場所を。
そして状況もせめて裏に書け。
何がどうなってんか、分からねえじゃねえか。
◇
ヒルダさんが放心している間に、魔王ちゃんはハヤブサから同じ書簡筒を見つけてた。
暫くはじっと紙片を眺めてたけど。
「ファイヤ」
火属性の初歩魔法を唱える。
無詠唱だけど、術名はイメージの最終確定として条件になるので必須。
こうやって本来は長たらしい、経文みたいなのと詠唱から解き放たられている訳だけども、彼女の熾した小さな炎は何かを燃やす為ではなく。焙るためのものだった――『助けてクレメンス』の文字が消えると、びっしりと書き記された座標と状況報告がソコに。
ごめん、蒼炎の。
あたしがバカだった。
なるほど。
これなら仮に敵の手に書簡が渡ったとしてもカモフラージュになるか。
すげえなあ~ あいつは。
「そこ感心してあげないでください。当方ら、先輩と同じ学び舎で学んだ時に出た課題の一つでした。まことに心苦しいのですけど。ええ、ええ、勿論、おバカな先輩もすっごくすっごーく可愛いと思います。思いますが、魔王先輩の方がひと...いえ賢かっただけのことですので、いえいえ落ち込まないでください」
えっと。
後輩がすごく慰めに来るんだけど。
あたしはそんなに気にしてないんだが。
ん?
う?
あ、えっと... この流れは。
あたしは泣けばいいトコなのかな。
「セル、蒼炎ちゃんは“メラート”郊外にある廃村に居るみたい。ただ...」
歯切れが悪くなった。
掻い摘んだ状況だから、切迫度がイマイチ。
エルダーク・エルフさんが手綱を操作する魔獣車の揺れの中で、
「誰かを蘇生させたら、敵だったみたいな。ちょっとこの辺りの筆は震えてて読み難い」
言われた箇所に、あたしも目を向ける。
あたしが同じ紙片に火属性を向けると、加減なく燃えカスにするので。
ここはミロムさんに解読して貰ったところだ。
「ああ、ま、確かに読めないね」
でも、これでメラートに向かう事になったんだよな。




