乱戦の中で、 2
公王の背に忍び寄るハサン。
串刺し公の異名は、獲物の短槍で首級を串刺して回ることからだ。
まあ、最も刺しているのは躯からではなく首級だけなんだけども。
顎下から入った穂先は頭蓋を少し突き出たとこで止まる。
目玉はカラスなどの野鳥が突いて持って行ってしまうので、首実検の時が大変だ。
崩れ落ちる躯から手斧を掠め取ると、切り込んでくる騎士の脇へ槍でひと突き。
前のめりにグラついた身体へ、手斧で首級を弾き飛ばす。
慣れた手つきでどんどん奪っていくものだから、雑兵の厚みなんてあってないようなものだ。
まあ、戦慣れしている戦士ならば、ひとりで千を超えたあたりで。
呼吸をひと繋しながら、空を仰いでるシーンもあるくらい。
千人ひと山みたいな影の上に、橙色に盛る炎をまとって立つ戦士たち。
どっちが狂人かなんて一目瞭然で。
ぎょろりと公王に向けられた、ハサンの姿をあちこちで見た気がした。
戦意を失った本陣は、公王を放り出して逃走していく。
「こりゃ、期待外れだったかねえ」
平原の夜は気温がぐっと下がる。
ハサンらがひと運動し終えた頃には、寒さで体ががたがた震える頃合いなんだけど。
藩国の侍どもの吐く息は白く温かい。
ギラついた目が獣にも似た彩を放ってた。
「おっと、やっとお出ましだ!! 野郎ども、もう一戦だ!!!!」
ハサンが焚きつけて、騎士団長が気合注入を促す。
転がって泥まみれの公王は、逃走した兵に踏まれて圧死した。
◇
ハイカム候とカールトン伯の両軍(合計)1万の兵は、遅れて帰陣したことに落馬しそうになった。
本陣にこそ精鋭の5千が置かれて、守戦であれば堅牢な砦なりえた――巨盾兵と剣盾兵のコンビネーションと、短弓兵と長弓兵は中長距離から接近を防ぐ手段となりえる。
統率する将と、運用する用兵家が公王を説得できれば、負けはしない布陣であったはず。
下馬したハイカム候は公王を探す。
躯の山をかき分けて探した。
ひとつひとつ丁寧に。
腕の中に引き起こしながら探してた――「馬鹿者が!! こんな戦い方をしよって...」
言葉に力はなく。
ただ、かわいい甥っ子を探す叔父の姿。
城主ハサンと数千の遊撃部隊は、ハンドリー騎士男の5千未満と対峙して、再び逃走した。
その時の将兵は1千に少し毛が生えた程度であったけど。
くつかの首級は挙げることができた。
ハンドリー騎士男の後に現れた、ハフェットル騎士伯との衝突で双方の動きが止まる。
「我が槍の一撃を切っ先で流された流麗さに感服いたした。そこもとは、猛者とお見受けいたす! 冥途の土産としてひとつ、お名前を拝聴いたしとうございますなあ」
公王には向けなかった畏敬。
ハフェットル騎士伯の利き手は今も痺れたまま。
手綱を引いて馬の向きを返る。
「いやいや、こちらこそ見事な槍裁き。お恥ずかしながら今もわが手が震えて御座る...カール・ハフェットルと申す、して」
城主ハサンは、
「槍のハサンと申す!!!」
って叫んでた。