串刺し侯、ハサン 5
公王の叔父、ハイカム侯に継承権はない。
いや、影武者も務めるにあたって返上した――ふた心なし、王室と甥に忠誠を誓うと、家臣になった事を内外に示すために。
王族である権限を放棄したのだ。
爵号は侯爵、一般貴族の最高位であり公国の臣下、狗である。
封地も公国の山の方であるとか。
ハイカム侯にはふたりの令息がある。
長男は家を継ぎ、次男は騎士になった。
良く出来た子供たちで――不平不満を表に出さない。
嫡子の居ない公王一家と比較されがちである。
敵襲の号令に嬉々として受け取った公王は、本陣を下げずに前に出していた。
これで負い目を払しょくできると思ったに違いないけど。
各地で戦う将軍たちは先ず、耳を疑った。
二度、同じことを聞かされて。
『全軍! 公王陛下を護る!!!!』
6人中、3人の将軍が敵兵に背を向けて撤退する。
残り3人は全兵力を集中させて突き抜ける策に出る――前者は潰走、後者は負けない戦いとした。
◆
貴族左将軍・ハイカム侯。
6人の将軍筆頭であり、公王の影武者でもある――公王とは15も離れた老体ではあるのだけど、魔法薬の力で外見だけならば40過ぎの公王と同じ面構えを整えていた。まあ、体力面も同じかと言われると、いささか歳の差があるんだが。
膂力は流石に武人。
馬上からのブロードソード、一閃の輝きは見惚れてしまうレベルだ。
挙げる首級に構わず、波状で押し寄せる敵兵を蹴散らしながら。
一度は大きく戦場を離れてから本陣に帰陣する。
歩兵たちだけなら、方円に陣替えをしながら最小限の消耗で済むのだが。
巨躯でもある騎兵はもたつきながら転進を余儀なくされる。
その好機に仕掛けない戦人はいないのだから...
3人の将軍はそれで潰走させられた。
数千の兵と、騎士、将軍の首級まで失ったところだ。
公国をけし掛けた、魔法使いたちは本陣にあるんだけど。
ま、そいつらはいいか。
平民右将軍・ハフェットル騎士伯。
ま、平民出身であって騎士爵を叙任したので、今は一応下級貴族ではある。
ただ、出自の点で平民のからの支持が高いのが現実。
ハイカム侯の次席であり、国軍の副官的ポジ。
対立するようなポージングが多いけど、互いによく理解している親友でもあった――転進を急ぐ同出身将軍らの説得や、攻撃の矢面に立ってしまってほぼ、壊滅的な状況に遭遇。
5千ちかい兵力も大破必死となってしまうんだけど。
将軍らは敗走して脱出に成功している。
東将軍・ノクトン伯。
貴族将軍の家系で生まれ、騎士となり武勲を重ねてきた重鎮のひとり。
用兵家よりも指揮官としての方に能力値が傾いていて、極めて高い統率力がある。
カリスマ性って言うのかなあ。
この人の乗馬姿って物凄くかっこいいんだわ。
惚れる。
見惚れる、なんか光り輝いて見える。
「ハフェットルを見捨てるな!! 全軍、突き進め!!!!」
転進した味方の盾にされた騎士伯の救援を優先。
将軍は死地からの脱出に成功したけど、ノクトン伯はこれで戦死しちゃって。
1万の兵を失う。
西将軍・ハンドリー騎士男。
騎士男爵の爵号を得た平民出身者。
ハフェットル騎士伯を盾にした人物で、5千のうち1割半の損失のみで本陣に帰陣している。
転進で成功?した事例ではあるけど。
全体から見ると、戦犯扱い。
北将軍・カールトン伯。
ハイカム侯とともに突き抜けて脱出した。
が、途中で馬が壊れて落馬。
打ち所が悪かったのだろう、帰陣後に治癒魔法の甲斐なく絶命した。
伯爵には継げる近親の子が無かったので、遠戚に当たるパン屋の次男が相続するという。
おや? 玉の輿???
南将軍・バウトリィ騎士男。
ハフェットル騎士伯の令息を抱える小隊を含む、最西端攻略中の5千。
堅実な用兵家で、各規模の指揮官に恵まれた人柄なんだけど。
大胆な策をとくに嫌う傾向がある。
まあ、その手堅い用兵によって大きな損害も出すことなく、辛うじて開戦と同じ数字でシーソーゲームが成立しているともいえる。彼の下にも、本陣が敵の強襲を受けているって報せは飛んでいるんだけども「将軍!! 何故、助けに向かわれないのですか?!!」って声が上がらないわけがない。
「だから退去する方向で陣替えしてるじゃない」
囲い込むような陣形から、円陣めいた形に切り替えわっている。
現在進行形でどんどん新しい形の守陣へ変化してて。
怪我をした兵は中央へ下がらせ、癒えた者を最前線に送り出す。
都度、現場指揮官が『盾を高く!』って号令してるので。
損害は軽微に。
「ボクは負けるのが好みじゃない」
バウトリィ騎士男は、50過ぎの男性だが、一人称はボク。
象牙の駒を盤上に置いて、常に鼻頭を擦る癖がある変人だ。
「勝たしてくれないなら、逃げるしかないよなあ」