串刺し侯、ハサン 3
「俺が軍を動かす主将なら、憂いを各個撃破する」
城主ならそう言うだろうし、ハフェットル騎士伯も同じように宣う。
監視塔には100人程度の守備兵力がある。
公国軍が斥候を出して確認したところ――。
分散配置された伏兵の拠点は、20か所以上となり。
見つけられないタイプまでも考慮してしまうと、もう何処から出てきても可笑しくない、とか。
捕虜とした合従軍の参加騎士は高笑いして。
「キサマ等は、砦を越えて藩都へは行けぬのさ!!」
啖呵切って見せてた。
公王自らの吟味もあってか、その場で首が飛んだみたいだけど。
将軍のひとり、ハフェットル騎士伯は捕虜の扱いに溜息で返した。
「切り捨てるのが早すぎます」
大した情報は無かったが、身分は高そうだった。
助命をエサに外交政策にでも使えた可能性だが。
公王の聞く耳を持たぬ姿勢は、もう頑固というほかなく。
将軍として活躍している叔父に嫉妬しているような節も。
ハフェットル騎士伯の悩みは尽きない。
いや、彼を中心に平民出身の成り上がり騎士爵の将軍ふたりも加えて。
悩みどころか不安しかない。
◆
ルセラ砦の城主が“串刺し侯”で知られる侍大将だと知れ渡ると、公国軍に緊張じゃなく恐怖が奔った。
メガ・ラニア公国の外貨収入は、自国民を傭兵派遣で獲得している。
その傭兵稼業の先で、時として背を預け、または逆に敵として対峙したりと“串刺し侯”と関わった者は少なくはない。ショートソードと手斧で戦う公国の戦士だって、戦場では“背神の野良狗ども”って蔑まれ恐れられてた。
乙女神を信仰しないだけで、神に背く者というのは大袈裟というか。
差別的なことだけど。
唯一神の信仰が当たり前の世界では、背神は大罪なんだわ。
さて。
守備側は、各監視塔に伝令を飛ばす。
目に見える“塔”は30余り。
あとは地下に。
公国が放った斥候たちの勘働きは正しかったけど。
平原特有のウサギのような習性だ。
「監視塔より、報告!!」
塔の先に光源があって、これを規則的に明滅させることによって言葉とする。
ここに暗号は、まだ複雑すぎるけど。
「ワレ、会敵ス」
どよめく本陣。
監視塔は目障りだが、分散する兵力にも注力が必要になる。
「敵の情況は?!」
幕僚のひとりが望楼の登頂へ問う。
伝声管でも走ってれば、もっとクリアに聞こえてただろう。
「薄暗さに距離がありますが... 僅かに敵方本陣が薄くなったように感じられます」
日没まであと僅か。
西の奥にある稜線に太陽の金色帯がかかっているように見える。
見上げる空に星の瞬き。
「う~ん、詩的な情景だ」
「城主閣下」
緊張感と、諭される。
照れながら望楼に戻って、幕僚すべての詰めた兵士を見渡してた。
ぐるっと回って士気の高さの再確認。
「ああ、これならイケそうだな」
◆
わたしたちの小隊を加えた臨時の大隊は、砦より最西端の監視塔攻略に回された。
何十万って数の大軍じゃないわたしたち。
明らかに過剰反応のような気がしないでもないけど。
「斥候を飛ばして知り得た情報では、常駐兵は100人らしい」
アルファス卿がとくとくと語る。
小さくか細い声なのに、すっと心に落ち着きを与えてくれる。
普段とは違うトーンの声。
「では?」
「伏兵の可能性が指摘された。こんな何にもないトコに監視塔だ、その周囲に兵があっても可笑しくはない(下唇を甘噛みしながら)、故に千を超える遊撃部隊が組まれた」
小隊を囲む他の騎士から『しぃー』って音が聞こえる。
黙れって意味だけど。
アルファス卿は最後まで、小隊の仲間に仔細を伝えてくれた。
攻撃が始まれば、自分の身を守る事で精一杯になるからだが。