串刺し侯、ハサン 1
ルセラ砦の櫓から警鐘が鳴らされた。
牛が首から提げている響の鈍い鐘が櫓にあって、櫓の真下に詰める兵舎にだけ届く。
そこから駆け出した兵士たちが、教会に飛び込んで城塞すべてに危機を知らせる流れだ。
◇
長弓による狙撃で、櫓にあった兵が直下の地面に堕ちた。
平原で戦があったから臨戦態勢のままで。
兵のすべてが軽装ながら甲冑を纏ってた。
が、その重さが仇になって落ちた兵士は、皆、絶命している。
「盾を掲げよ!!」
号令が奔る。
櫓の間隔は20メートルづつ。
腹から下には厚く硬い木版で覆われ。
膝をついて屈めば矢を弾ける構造だが、高層にある利点を損なわれては意味がない。
だから腕に提げたスモールシールドで、急所を辛うじて守りながら立っている。
「どうだ?!」
小姓たちが主人に外套を着せようとする行為から逃れながら。
城主ハサン卿は城壁まで上がってきた。
さすがに此処まで来ると、赤いベルベッド地の外套は目立ちすぎる。
小姓たちは外套を素早く丸く包むと、壁の下へと下がっていった。
「お付きの小僧たちには可哀そうでしたな」
砦の騎士団長。
兵卒から侍大将にまで出世した武人。
身体の見えないところには傷ばかり残ってた。
「藩主に謁見となれば着飾ることもやぶさかではない。が、こと戦場では『この首、高ぉーつこうぞ!』なんて目立つのも甚だしい外套なんぞ、肩から下げられる筈もない。俺には自殺願望はないんだがなあ」
とは言っても、宗主国が異教徒狩りに引っ張り出す兵の中に、彼ハサン卿はある。
藩主国無類の戦バカという生き物で。
獲物の短槍を背に4本、両手に持って参じるという。
「櫓に上がってみれば」
「止めた方が」
眼下の小姓よりも、城下の兵士たちに肝を冷やさせる。
狙撃される櫓に城主が上がったら。
気が気じゃなくなるだろうなあ。
「心配するか? 騎士団長でも」
「しますよ、冷血動物じゃないですからね」
戦が始まる前に城主が狙撃。
シャレにならない。
それで戦意が激高するのは、矢を受けても大事なかった時だけだ。
あたり場所が悪くて一命を取りとめても、緒戦の流れをぐっと相手側に持ってかれてしまう。
「ま、確かに死んじまったら」
「縁起でもない」
流れ弾を槍先ではじき返す。
怒号? いや、神がかった戦技に兵士が沸いた。
響き渡る歓声だ。
地響きみたいな。