戦場の騎士伯令息 2
夢中になって振り回してた剣は、父の剣技だ。
どこかの道場に通ったとか、或いは公国の騎士学校に通ったではなく。
父が教えてくれた――唯一の繋がりのような、剣技なのだ。
◇
思わず、我に返った感じで。
父を目で探した。
甲冑から見える景色は狭くて、浅い。
「気を強く持て」
寒気が。
「いあ、そっちじゃない。親父さんは無事さ...、俺たちの隊のことだ」
耳を疑ったけど。
現実の話、ちょっと前に出過ぎて。
混戦のド真ん中に身を置いてしまったという。
盾になる筈の歩兵たちよりも前に出た騎士。
気持ちを切り替えよう。
頭を軽く振った。
わたし自身は軽く振ったつもりだけど、冑は大きく回った感じ。
なんか、わたし...臭くなってる?
「開戦からまる半日、休みなく動き回ってるし。甲冑は蒸れやすいんでな、不摂生にしてると大事なとこが痒くなるんだよ。そっちの病気にだけは罹るんじゃねえぞ? 可愛い顔してんだ、下が病気持ちだと人として見てもらえなくなる」
おっと。
あー。
父もなんか、そんな話してた気がする。
やや得心。
さて、もう一度整理だ。
悠長なことはしてられん無いけど、公国の先陣を飾った黒色槍騎兵は無事、全弾出し切ったようで。
「有象無象だとは聞いてたが」
わたしに振られた剣をはじき返す、兄貴肌の騎士。
すっかり背中を預ける相棒だ。
ま、当の本人はそう思ってくれて無いだろうが。
「いあ、そうでもないぜ。俺もお前の二刀流ってのに見惚れてた、連中のひとりだからな。今、ここで抜け駆けしてんのも、背中預けて戦ってんのも戦友って呼ばれたくてドキドキしてるんだ」
告白みたいな感じだが。
わるくない。
互いの視線が重なった気がした。
で、背中を合わせる。
長大な両手剣を豪快に振り回す粗々しいのに。
どこか繊細な剣技も垣間見る――同期のアルファス卿。
騎士爵叙任されて7年目で小隊長をしている。
わたしの上司だ。
「さて、状況は厳しい。だが戻るより進む方が楽なときはある」
後方に気を向ける。
勢いがついた雄叫びが聞こえた。
「そうだ、勘のいい奴だな」
「はい、父には言われたことは無いんですけど。風は読めると思います」
魔力回復薬のアンプルを飲み終えると、
「身体強化と進行方向全面に魔法障壁を展開! 一気に突き抜ける」
騎兵隊のような突撃を、歩兵で行うという。
幸いなことに『たいちょー!!!』って言葉と共に雑兵の100人ちょいが残りの騎士と共に駆けつけてきている。これが好機なのだと、アルファス卿は言った。
そして、わたしの肩を背と共に押してくれる。
まるで戦乙女のように舞わせてくれるのだ。
◇
サマースティプル平原の戦いは終幕。
これで帰途につけるかと安易に考えてたけど、父は他の将軍に押し切られる形で――渋々了承した。
平原を治める藩主国の都市を賭けた戦いにだ。
「騎士伯殿は、この戦勝で各国と交渉し平原の開拓権および領有を呑ませるよう、説得されようとした。こちらも手痛い損失を出したのは間違いないから。だが、他の諸侯はこれに異を唱え...」
上司も言葉に詰まる。
他の小隊の騎士や兵士の中に、友人も多くいた。
父は尽力したのだ。
「では、再編ですか」
小隊が解散されては、戦時再編でよくあると聞く。
騎士が率いる歩兵小隊は、雑兵100人と騎士4人、上位騎士1人という構成。
損耗率20%未満なら補充なしだけど。
損耗率40%越えは、大問題となる。
「いや、あ。正確に言うと俺たちの隊は必要ない。怪我人は多いが、死人は...ま、少なかったからな」
戦場では。
陣地に戻ってきて治療中に死んだ者が出た。
気力の使い過ぎか。
気が緩んだせいか。
「俺はお前を護る」
ありがとう。