肩ロースが食べたい 3
「ねえ、お爺ちゃん?」
目端にあったからお爺ちゃんに声を掛けた気がする。
なんていうかねえ。
この身体に、あたしが居ないような気がするんだ。
「大丈夫だ、紙一重、な」
そ。
この紙一重ってのが抜刀による、振り抜いた結果まで。
ヒルダが制止を振り払ってあたしに近づいてたら――縦にまっぷたつ。
もう、奇麗に割れてただろうねえ。
あ、えっと。
蘇生は出来ると思うけど。
先述どおり断面は最悪なので、彼女の露出する部分に縫い目が見えてたかもしれない。
「や、マジかよ!!」
「おお、マジマジ」
黒い茄子こと。
あたしがビビってチビり掛けた、ヒルダに微笑んでた。
けろっとしてるあたしは、皆をホッとさせるんだと。
うーん、そういうマスコット的なのは悪い気はしないなあ。
◇
心、ここにあらず。
とは言ったものだが、あたしをあたしが俯瞰して見ているとしたらどうだろう。
気分的には気持ちのいい物じゃあ、ない。
けど。
何度も殴られた結果。
なんか出ちゃったっぽい感じがする。
尻尾でも付いてれば、ひっぱって引き戻せるような気もしないでもないけど。
あたしがいない、あたしは冴えてる感じだ。
身体もそう感じたっぽい。
「じゃ、もう一本の“あんよ”も切り飛ばしてやりますか!!」
流石に引き攣るよな。
野牛に戦意があろうと無かろうと。
散々、遊んでくれたんだ。
あとはしっかりあたしらに食われてしまえ。
ってのは、言葉を交わさなくても分かるようだ。
ミノタウロス・亜種の戒めは解除された。
が、牛のヤツ観念したんだね。
これが野生の勘か。
食われることは前提として、最後にひと噛みいってヤル的な。
「分かるよ、分かる。その潔さに免じて“もう一本”は止めてやろう」
あたしは突進する牛をひらりと躱す。
爺ちゃんが見惚れるような体捌きで。
ミロムさんが驚いて腰を抜かすような雰囲気で。
ヒルダが仰向けに果て。
後輩があたしの名を叫ぶ――刹那、牛の首が飛んだ。
あ、上じゃないな。
突進した前進先にごろんごろんって、不自然に転がる頭蓋がある。
おお、勢いと噴水のような血流で頭は、数十メートルは飛んだっぽい。
修道士と騎士さんらが抱き合って怖がってくれた。
なんか滑稽。
「み、見事だ! セル」
お爺ちゃんが惚れ直したとか言ってた。
いつ、孫に惚れていつ、孫を見放したんですか、爺ちゃん!!!
「飛んでく首と目が合っちゃったよ!!」
ヒルダさんの居た位置が悪い。
だって仰向けに倒れたから、飛んでった牛と目が合うさ。
ま、たぶん。
牛的には『アレ? オデ...死ンジャッタ??!』くらいの感覚しか無かったろう。
掌を眼前に、
「ないない、そんなアホな視線じゃなくて。“いつか食い殺されるのはお前らだ!!!”的な明らかに恨み節満載な感じで睨んでいったよ。わたしのパンツがヤバいことになったのは言うまでもなく。派手に漏らした感じがする...セルコットさあ、起こして」
えっと、ちくびを?
「違うわ!! 腰抜けたから、身体を起こして」
「えー、だってその皮革のズボンの中ってさ」
「う...」
「こう、ちゃぷんちゃぷん、でしょ...ヤダなあ」
そうイメージ的には水たまりの中にあるヒルダを助け出す感じだ。
「私だってこのままは嫌なのー!!」