サマースティプル平原の戦い 1
神さまと、邪神の戦いとは別の世界線では、人間種族同士の戦いが始まろうとしてた。
ここはメガ・ラニア公国より西へ10里以上の大平原。
サマースティプル。
統治する藩主国は、ラグナル聖国の衛星国である。
ま、いわば干渉地だが。
両軍がそれぞれのフィールド端一杯まで横陣を敷いてた。
「壮観だな?」
シグルドさんの背から、アイヴァーさんが声を掛けてきた。
「おつかれさまです」
振り返らないけど。
その言葉には労い以上の力があった。
「潜伏がバレた気がするんでな、暫くはヤツらに近づけそうにない」
ヤツらってのは。
秘密結社のことだが。
随分と鼻の利く番犬がちかくにいる。
「こちらは準備万端...と、言い難いのが正直なところです」
とは。
聖国の聖騎士が中心とする宗教色の濃い勢力と、侵略行為するぞっていう意思の公国軍。
メガ・ラニア公国にとって唯一でしかない国外へ通じる道に布陣した両軍は、だ。
そもそものところで覚悟が足りていない。
公国にとっての生命線。
痩せた土地に押し込まれて、飢餓に苦しむ民衆たちの怒りが征伐軍に向いている。
「窮鼠、猫を噛む...か。罪人の流刑地で生まれた国だったか」
アイヴァーさんの低くて唸る声音。
メガ・ラニアに公国が興る以前は、異教信仰者の流刑地だった。
今現在でも、同地に唯一神は存在せず。
乙女神への敵意や憎悪が渦巻いてた。
ま、そこを秘密結社に付け込まれたのだろう。
国家になったからと言って、貧困から逃れられる訳じゃなかった。
だけど指導者がいるのと、居ないのとでは雲泥だし。
罪人の国だからと言っても、相手が熱心に外交努力を注ぐことで――国家認定していなくても、支援しようって地域は出てくるものだが。
近年、邪神降臨ってのが一番の災禍らしく...。
各国も不作が続いてしまった。
不安定な環境の変化は、人々の心を腐らせるのにも一役買う。
◇
サマースティプル平原に侵攻したメガ・ラニア公国も。
それを迎え撃つ各国協力の征伐軍も、不安が行動になって現出したものだ。
「正面からぶつかるか?」
角笛が鳴り響く。
戦の定石であれば、初手は長弓による矢の雨だ。
それを凌いだら槍を突き出して歩兵が――だが、距離がある。
矢の大半が最前線の歩兵の眼前に沈む。
いや、下がられた。
そう、メガ・ラニアは数歩下がって盾を構えてた。
その両脇から勢いよく黒色の人馬一体の鎧騎士が駆け出していく。
二射、三射と放たれる矢の雨を物ともしない、黒色甲冑たち。
弾く。
弾く。
弾く。
馬の滑走と十分に硬い鎧で鉄の鏃が弾かれてた。
馬蹄が地鳴りのように響き渡る。
激突――軽装歩兵が散らされた、蹂躙された、人が飛ぶ?!
交通事故発生!!!!
うっわ、マジで人が飛んでる。
砕かれる頭蓋に、潰される肉袋。
糞重い鎧だから黒色の騎士たちも十分に動くことが出来ない。
肘を固定して、ランスを握り。
馬と共にただ、疾駆するのみ。
ある程度まで走り終えたら、ゆっくりと向きを変えるようで。
その方向転換が一番の弱点なんだけど。
「その弱点を知ることは、ない、か」
中央本陣にあったシグルドさんが呟く。
走り抜けた黒色の騎士たちは遥か後方にある。
止める術はなくも無いけど。
対策していないとは言い難い。
「っ幸いは、相手も融通が利くような運用法じゃないってトコか?」
征伐軍の中にいるだけで、軍師だとか助言者とかあるいは、軍使でもない。
分が悪く成ればシグルドさんらは、その場から去る。
これは必至になって止めるべき魔狼族の戦いではない。
「しっかし、これも結社かねえ」
「知識だけは有り余ってるって......事なんでしょう」
黒色騎士の一群を仕留める為に自陣より騎士が動く。
まあ、制止を振り切ってというのが正しい。
征伐軍の決定的な弱点は、各国の寄せ集めだからだが。
おいおい、横陣で布陣してる傍から単独行動しないでよ~。




