働き者たち 3
さて、あたしなんだけど。
「何処か痛いトコある?」
魔王ちゃんが心配そうに問うてきた。
言葉は心配しているように感じるけど。
その目は、
「あ、ちょっと心が痛むかな。ミロムさんを泣かせちゃった」
後輩は――その場でしゃがみ込んで、うん、泣いてる。
ヒルダ――あれも気丈に振舞って...いや、膝が折れてるからトラウマか。
「ロム爺が、剣気の心臓で鼓舞して回ってる。みんな、しばらくすれば正気に戻る筈だ」
魔王ちゃんが周囲に気を賭けてる様子。
まあ、この状況下で気力が...戻っても。
肉は食えそうに無いかなあ。
あたしの心配は、フレッシュトマトよろしく激しく噴いた惨状を目撃したミロムさんだ。
胆力はある筈だけど。
「アレが灼けた匂いを嗅げば、おのずと身体が欲するさ」
あたしを殴ったヤツが、焼肉になるのは確定のようだ。
食って仕返ししてやるくらいの負け惜しみってヤツ?
それが皆から出たなら多分、大丈夫のような気がする。
いや、して貰わないと困るんだけど。
「魔王ちゃん!!」
「は、はい?!」
唐突に、魔王ちゃんを問い詰めてみた。
野牛の目の前でやる必要はなかったんだけど。
これ、魔王ちゃんのやらかしでしょって突きつけたかった。
「あー、いやー...なんか、ごめん」
やっぱり、か。
そんなことだと思ったよ。
◇
異界の魔獣とエルダークエルフの喧嘩は、アレだ。
次元の違う、別の世界での戦闘のようだ――例えば、モノクロームを眉と頬で挟み込み。
これで「鑑定!」と叫びながら、魔獣とエルフの双方で個人戦闘力を盗み見するような、そんな雰囲気。
ヒグマのような兇悪な前足で空を薙ぎ払う。
風圧で肌がビリビリと震えるような、圧があった。
エルダークエルフさんも左右のストレートをリズムよく、
ワンツー、ワンツーと連打で打ち込んでいく。
身を捩じり数発は躱しているのに、魔獣は骨まで響く強打にくらくらさせられた。
互いに決め手は欠くのだけど。
遠目で見てるあたしが呆れてるのは、たぶん両人とも知らんのだろうなあ。
「ねえ?」
「はい」
また殴られた。
ミロムさんたちとは別の方へ吹き飛ばされてる。
ああ、なんて残念な子なんだろう、あたし。
今度は悲鳴はあがってないけど。
いや、あがらないよう、魔王ちゃんが...
「大丈夫、派手に飛んでるだけでセルは無傷だから」
目を丸くしている方々に諭してて。
魔法の力で気力を強く持ちましょうって布教している、お爺ちゃんには悪いことしたと。
本当に思ってるよ。
ごめんなさい。
「あたたた...」
フレッシュトマトも2回目だと、
石礫が飛んできた。
あたしに対する抗議の嵐。
「セルコット?! 手伝おうか?」
ヒルダさんだ。
提げてた大剣の柄に利き手が伸びてた。
見たところこの亜種、動かせるのは前足だけのよう。
左右にあたしを弾き飛ばすだけしか力がない。
《恐らくは、そういうスキルなのか》
瓦礫の中から、あたしが這い出た。
「うーん。正直...人出は欲しいけど」
ミロムさんも涙を袖で拭いながら、立ち上がる。
おお流石は、リーズ王国の次期剣星。
メイド服のスカートが脛まで長くて助かってた――剣を極めるとは己も、鍛えることになるんだけど、彼女は心根の優しい子なので。
あたしの血塗れを見て竦んでしまった。
まだ、膝が嗤ってるみたいだけど。
「あのお肉、食べたい人ーっ!!!!」
どんな鼓舞だよって師匠が虚勢を張る。
お爺ちゃんは、
「儂ならば肩ロースかな」
とか。
エルフが肉食うのかよって修道士たちから突っ込みも上がったけど。
「誰が、菜食主義だと言った?!」
てなやり取りで...さあ、復活だ。