働き者たち 2
魔王ちゃんは何か思うところが。
異界の魔獣は命令に忠実に従った。
己基準で“食えそうな肉”を狩ってきた。
ただし、魔獣なりに忖度してあった。
半殺しである。
んー。
誤算は、スケールの違いだったんだよ。
あたしや魔王ちゃんがミノタウロスを牛と呼ぶのと。
ミロムさんやヒルダらが呼ぶには魔獣との差が。
「セル、いつまで休んでるの?」
鬼だなあ。
ミロムさんが甲斐甲斐しく、ぎゅーってしてくれてる腕の中。
おっぱいが後頭部に当たって。
こう、心が。
「はいはい。ミロムのおっぱいは気持ちいでしょうけど、こいつ絞めるでしょ?」
ま。
牛に殴られて腹がたたない...
は、確かに嘘になる。
ミロムさんからぎゅーっとされてて。
安心してたけど。
うんうん、ちょっとイラっと来た。
彼女をここまで心配させた、あたし自身。
野牛の分際も、だ。
「ミロムさん、大丈夫。ちょっと其処で待ってて... 今、解体してくる」
活きがいい食材をって言葉が抜けた。
言った気がしたんだけど。
湧き上がる怒りで失語症みたいに。
◆
さて、異界の“犬”はもう一つ。
そう、もう一つ懐かしい匂いを嗅ぎ分けてた。
それはおそらく残滓である、邪神のものだろう。
魔王ちゃんの従者にっていう件は、方便ではないけども。
気になるから自由に動ける時間が欲しかった。
そして――
はっきりと知覚した。
異界の“犬”は邪神の残滓にも、尻尾を振ったのだ。
あたしを狙ったのも、それが効果的だと思ったからのようだけど。
異界の“犬”は、あたしたちを遠巻きに観察してた。
ふたつの首をもたげながら。
よっつの眼でじっくり観察する。
ミノタウロス・亜種。
選び抜いた最高の個体。
瀕死の重傷を負わせた後に能力値が、ブーストするような施術が施してある。
美食家の間では...
ミノタウロスの肉は最高級品である。
まあ、狩猟が簡単に出来る相手じゃないし、奇麗に肉を得られるのも難しい。
故に。
ミノタウロスの肉は最高級品なのだ。
難易度SSに類する、グラム/虹金貨1枚相当。
宝石巻貝の別名が虹金貨なわけで。
どっちも、多分、目にすることは無いだろうって...
あれ?
魔王ちゃんが街の反対側に聳える、尖塔を指さしてた。
黒い何かが飛んだ気がする。
エルダーク・エルフさんたちだ。
異界の“犬”も気が付いて、カッと瞳孔が開いた。
位置バレしてるのも驚いたけど。
致死確実な一撃を受けたあたしが。
平然と、何事もなかったように“牛”の前に出たことにも驚きを隠せてない。
犬曰く――『アレハ、ナニモノ?!』かな。
◇
遠く離れた地にある邪神と青年の下にも。
召喚された異形なる物の気配が知覚できた。
青年の中にある残滓は嗤ってた。
「どうしたんだよ?!」
馴れ馴れしく接する存在ではないんだけど。
高揚感って奴だろうか、神さまの残り滓はタメ口を大目にみることにした。
「ふふ、ははは... あの魔女め。わたしの、わしの、いや...われの世界から、神の下僕を呼び出しおった」
神の下僕と言うのは頭ふたつの犬の事だろう。
神殿には鎖に繋がれた、黒い毛皮の双頭獣が複数ある。
別の時間軸、次元の話だけど。
神殿から“お狗さま”が消えたって大騒ぎになってる。
消えた、忽然と。
他の狗たちからの証言としては――唐突に光り出したと思ったら、白い手のような靄に首根っこ掴まれて、連れてかれた――めいた話がある。召喚されたことは理解に及ぶんだけど、そうなると誰がって方向に首が折れる。
「仮にも、神の下僕だぞ?!」
ってね。