働き者たち 1
魔王ちゃんが挙げた命令は、食糧事情の改善だ。
難しく考える異界の“犬”だが。
「セル、私の半身みたいな...これがアホな子で可愛いの。そ、同じ顔で匂いも同じだから...うんうん、偉いわねえ。もう理解した、ありがとう。でね、この子のアホみたいな攻撃により、...そうなのよ、魔力の量り方を間違えたようなありかただからね、私も困ってるわけ。で、吹き飛ばした食料はもって、3日分。知れ渡れば、2日ともたないでしょう」
わりと落ち着いた分析力。
冷静沈着にして、そつなく才ある者。
そんな評価が魔王ちゃんに相応しい。
「あら、もう理解してくれたの、ありがとう。じゃ、さっそくで悪いのだけど...あなた基準でいいから食えそうな肉、狩って来てくれる? 引き取りては...エルダーク・エルフに頼むけど? 喧嘩しちゃだめだからね」
喧嘩になるのか、喧嘩?!
いや、これは魔王ちゃんなりの躾かも。
こうして、即日に“野牛”が届けられた。
◇
あたしの中の感覚から“野牛”だと思ったけど。
友人と仲間たちは――違った。
物差しがすこーし、あたしと違うのだ。
同じエルフであるお爺ちゃんとも違うっぽい。
「これが牛か?!」
首を傾げるあたしから、後ずさるミロムさんたち。
いや。
ミロムさんは、あたしにも『下がるよう』懇願してた。
「おいおい、どう見てもヤバイ魔獣だろうが!!!?」
師匠は大袈裟なんだよ。
ふっふふ。
視界がぐにゃっと歪んだように見えた。
うん、あたしは...
殴られて、真横にすっ飛んだ。
悲鳴が上がる。
戦慄するなんて滅多にない連中でも、異常なことがあれば。
単なるスケール違いってだけのこと。
すっ飛んでったトコにミロムさんが滑り込んでくる。
潰れたトマトみたいな、あたしを抱えると。
即座に治癒魔法が掛けられた。
脱力感の眼で魔王ちゃんを見てる、あたし。
うーん、何されたんだっけ。
◇
「イキがいいもん持ってくるとは。私を喜ばせたかったのか、意趣返しか」
野牛は瀕死だけど、ギリギリのところで生かされてた。
HPが1割のところで1上がって、1下がるみたいな現象が続き、自然治癒が効かない。
恐らくはそういうスキルで生かされてた。
まあ、食料的には、だ。
半殺しにしておいた方が、長期保存できるわけで。
異界の魔獣の判断は間違ってない。
ただ、何もなかった広場に。
野牛が置かれた時は、目を疑ったものだ。
この都市には未だ、何か? 居るのかって思わされたほどに。
そこへ、
「よーしよし。食糧が届いたようだ!!」
と、魔王ちゃんが聲を上げなかったら、あたしたちもパニックになっただろう。
いあ。
現時点では、あたしが殴られて――パニックになった。
ミロムさんは必死に治癒を掛ける。
「うそ、うそうそうそ... 何で治癒が?!」
掛けた治癒があたしには効果がない。
そりゃあ、怪我を負ってないからだし、HPだって1ミリも減ってない。
殴り飛ばされた時。
天の声は言った『セルコット・シェシーは、野牛《ミノタウロス・亜種》からダメージ0を貰った』ってね。
一応、痛みはあったし。
派手に血も出たけど、ノーダメージだった。
直ぐに動けなかったのは、あれだ。
目に自分の血が入ったから。
海の中で目を開けてた時並みに痛いんだもん。
びっくりだよ。