聖女の行軍 5
あたしたちの身に降りかかる火の粉が本格化したのは、国境渡りから5日目からだ。
邪神が寄こしたと思しき魔獣たち。
ぞろぞろとまあ、よくもこれだけってくらいに寄こしてくれて。
鼻が長く、体は岩のように大きく、口から凶悪そうな牙が伸びてる――いかにも、ヤバイ生き物が横一列になって襲撃してきた。その頭の上には、小鬼のような輩が手綱を引いて捜査しているんだけど。
あれは魔獣使いという類のものかな?
それにしては貧相な雰囲気がある。
濛々と土煙の向こう側。
目を凝らしても見えないから、聖女ぱぅわ~な千里眼でみると、だ。
三日月のように湾曲した剣を掲げて吠える蛮族たち。
どっから湧いてくれたよって。
毒も吐きたくなる醜悪さ、人間の皮に骨のトロフィーこさえて、体にまとった者たち。
ああ、自由都市連合に住まう人々の亡骸かもしれない。
長く見ていると、反吐が出そう。
「下がって!!」
ヒルダがあたしの胸に手をのせて、
おそらくは本気であたしを背に隠れさせようとしてくれたのだろうけど。
置いた手が悪い。
その手だ。
揉む。
ひと揉み、ふた揉み、さん揉みして――ミロムさんの報復があった。
もうふたりして何を。
◇
頬が赤く腫れた、帝国の剣士・ヒルダさん。
目端に涙が浮かんでて。
「加減、プリーズ」
「それで済んだだけで良しとしなさい!!」
魔獣の群れには従属してた、エルダーク・エルフの4人が向かった。
正教会の騎士たちはまだ、戦闘態勢がとれてない。
まあ、こればかりは致し方ない。
だって。
覆面の聖なる冒険者たちが、ワーム退治に勤しんでた時も。
彼らに危機感はなかった。
後輩の主導で“神秘の販売”に呆けていたからだ。
戦える能力があるかも、実のところ、組織的に不安でしかない。
「さて、後輩?!」
胸の位置を直すあたしと、その仕草に釘付けになってる後輩。
右に寄せると、右へ。
左を持ち上げると、左にしせんが動く。
おお、みてやごるな、こいつ。
「なんですか、先輩。当方、これでも忙しい立場なんですよ」
言ってることと、鼻息を荒くして。
しきりに鼻の下の汗をぬぐう後輩に説得力が欠如しているのだけど。
これは伝えるべきか。
『セルコット!!! なんだ、アレ。マジ容赦ねえし、すげぇー強ぇー!!!!』
子供みたいにはしゃぐヒルダさん。
エルダーク・エルフのひとりが拳で、“象”の頭部を粉々に破壊したとこらしい。
乗ってた小鬼は踏み砕かれ、シミターの一撃を身体の回避でひらり、ひらりと避けていく。
「それ、聖女ぱぅわ~だから」
「マジかよー!!!」
喜んでもらえて。
あ、いや。
ヒルダもミロムさんも、そんな魔獣たちの群れに飛び込んでいるのだから。
すごいと感嘆される側である。
「正教会はなんで戦わないの?」
これは少し前からの疑問。
おじいちゃんが後輩のそばにあるのは、何かしらの契約だろう。
でも、いくら何でも戦い慣れしていない教会騎士というのは。
少し異常ではないか。