軍靴のひびき 1
魔狼のアイヴァーさんは、ひとり国境を渡る。
聖国の発布によって、乙女神の信徒兵があつまる頃で。
メガラニア公国にとっては――まあ、あれだ。
バツの悪いう状況に成りつつあった。
と、いうか。
信徒兵は各国からの召集な訳だけども。
不毛の大地から、世界に対して反逆する筈だったのに、だ。
このまま挙兵すると自由都市連合よりも先に、討ち滅ぼされるという確信めいたものがあった。
秘密結社も自殺志願者ではない。
老翁は「この際、計画の土台。根本から見直すことを勧める」なんて台詞を、選ぶくらいには慎重だ。
信徒兵が聖国を発てば、もう少し話が変わっては来るけど。
そんなに甘くないのも事実。
メガラニア公国は侵略戦争を開始する直前だった。
そのための重武装化だったわけだけども。
◇
国境の城塞にある城主執務室につらなる、ソファーに投げ出す身体。
自棄にはなっても、頭の中は冷静なマディヤ・ラジコートがあった。
「老翁の言うとおりになった」
悔しさと、呆れた感覚の吐息。
吐き出すだけで吸う気配もない雰囲気だけど。
そのままだと死んじゃうし。
彼の執事然とするナシムは無表情。
大人しい少女には見えるけど。
怒らせると怖い剣術の使い手。
「――と、言いますと?」
向かいの席には、当の城主閣下。
秘密結社に場所と時間、己の欲を預けた人物だ。
階位は子爵。
公国では辺境公とも呼ばれるので、公国王家の血筋ではある。
継承権はずっと日の目を見ない再開だけども。
「いや、この辺りの政治は...君たち王家の者が詳しいだろう。ボル爺の見識と結社からの兵団があって、公国らは世界に噛みつくことが出来る!!!」
マディヤの評価は老翁よりも少し低く見ている。
まあ、翁にしてみれば肩入れした分の贔屓目があるし。
まだまだこんなもんじゃないだろうって、希望的な観測も乗っている。
少なくとも、片足以上の評価水増し傾向にあった。
そこでマディヤの目が重要な意味がある。
結社にとっての最終勧告。
このままリソースを裂いてもいいのかどうか――ひとつは成功、ひとつは失敗に終わった。
既存の支配構造がひっくり返ろうとしている。
このままイレギュラーを残したままで、戦国時代に突入するかは。
《ボクの目と判断に......掛かってるか。》
深い溜息になった。
わざとらしく目を擦る。
外見年齢らしく装って見せた。
相手から、
「お疲れでしたら、もうお休みになられますか」
って言葉を引き出すことが目的だが。
侮ってくれて。
年端もいかぬ、政治の経験が浅い青年とみられたい――が透けて見えてた。
自覚は無いんだけど。
彼の悪い癖のようだ。
「お茶を淹れさせましょう」




