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守銭奴エルフの冒険記  作者: さんぜん円ねこ
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港街クリシュナム

 内陸のいち地方領にあった街からついに、遂にだ。

 アタシは学校を卒業したてのように“自由”を勝ち取った。

 ギルド長の手元からすり抜けたアタシに恨みがましい目を向けながら――「どんな魔法を使ったか知らないが、いいかこれだけは覚えておけ。いや、心の片隅に刻んでおけよ! お前は俺のモノだ!!!」って脅迫だよ。

 今更、その脅迫の効果があるとは思えないけど。

 アタシに恫喝するその様が滑稽で仕方ない。

 あんなに怖かった相手が、実はこんなにみみっちいとは。

 いや、違うな。

 負け犬みたいによく吠える印象に置換された。

「親父、今までツケてた分、ここに置いとくよ?」

 ってカウンターから離れようとした時。

 店の奥から宿屋の主人がすっ飛んできて、アタシの腕をぐいっと自分の方に寄せるとセクハラ紛いに抱き着いてきた。けど、なんだろう()()()()みたいに愛を感じたんだよね。

「バカ野郎。真に受けんな...この金は払わなくてもいい、ツケでいいんだよお前は」

 俺にとっては娘も同然なんだからって聞こえた。

 幻聴かも知れないけど、なんか、さ。

 そう聞こえたんだ。


 故郷の南マダガスカル島に、両親はもういない。

 当てにすべき親類や所縁の人もどこにもだ。

 だから宿屋の親父さんの太い腕で包み込まれた時は、憎まれ口のひとつでも置いて去ろうとした自分の事が許せずに泣いた。

 嗚咽交じりの本気泣きってヤツ。

 情けないけど。

 大粒の涙が枯れないんじゃないかって泣いたんだわ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌朝、宿屋の主人は最後の弁当を作ってくれた。

 盗賊の根城アタックをかます時は必ず、親父さんの大きな手で造られた大きなサンドイッチを食べたものだ。

 これが最後となると、昨晩も泣きながら晩飯を食べたっけ。

 涙が出そうになると大きな手がアタシの頭を覆った。

「俺も昔は冒険者だった。ま、腕の方は料理を作った方が性に合うってことで早々に引退したけどもな、最終階位はカッパー・チョークでなそれは俺自身の中じゃあ結構、自慢できることだった。...だけど今は違うぜ、俺には娘がいる、とびっきり出来のいい娘だ...」

 金髪の髪をくしゃくしゃになるまで撫でる。

「お前だ...今度会う時は、しわくちゃになってるかも知れねえが。俺の自慢の娘はシルバー・チョーカーの冒険者だって言えるからな。だから、その胸張って大冒険して来い! で、仮にだ...仮に、キツく成ったり、もう駄目かなって思ったら迷わず...俺の下へ帰ってこい。この宿屋はお前の実家だからよ」

 ...だって。

 太い親指が、目一杯に溜まった雫を拭い去る。

「いってきます、おとうさん」


「ああ、行ってこい...セルコット」


◆◇◆◇◆◇◆◇


 街の外れへと歩き出し、バス停ならぬ馬車の停留所へ。

 街を離れて遠出ともなると、必然的に相乗り馬車は大事な移動手段となる。

 定期便はそれぞれに違いがある。


 中距離の路線馬車は、定められたルート内にある停留所ごと、すべてに停車するよう定めていた。

 馬は1頭、引く荷馬車は片側に10人が座れるような大きなものである。

 馭者はひとりだけだ。


 で、次に。


 長距離の路線馬車がある。

 とは言っても、中距離と停車する停留所が被ると、客の取り合いで馭者サイドがトラブルへ発展するのは自明の理。そこで方向と行き先で明確に分けてある。

 例えば、中央の王都へ向かう便や、アタシたちが向かう、港街クリシュナムが最終地のような路線だ。

 馬は2頭、荷馬車も大きくなって片側15人が腰掛けられる代物。

 馭者はふたりで10里ごとに乗り換え休憩を取っていた。

「こういう長距離路線は、注意が散漫するので――」

 と、同行者であるアサシン君が男の手を叩いた。

 それはまた見事に甲高い音が鳴る。

 一見すると、唐突に暴力を奮ったように見えたんだけど...

「スリも乗り込んでいるんですよ。行商人なんかは財布と商品は荷物の奥に仕舞いこみますが、旅行者や巡行の修行僧な方々は、心根がピュアにできてます。そういった人々を鴨にするのが...彼らです」

 ってその場で捕縛。

 停留所に立ち寄ると、コソ泥を警備兵に引き渡してた。

 こんな時に冒険者のチョーカーは便利だ。


「で、最終地点のクリシュナムってのは?」

 これは魔法詠唱者協会の雑用クエストだといってもいい。

 アタシとアサシン君こと、ゾディアック・アサシンマスターであるトッド・ウィック君は天才少年だ。まあ、職業・暗殺者というダークでアウトローなイメージを脇に置いて話を進めたらば、人間族の19歳で、プラチナ・チョークの頂を得た者はそう多くはない。

 そんな規格外の化け物と相性が良かったのがアタシだった。

 えっと、...っ外に出て他の街で活動するのは今回が初めてなんですが、その...アタシで本当に大丈夫?!

「問題ないです。もっと、ご自身に甘くなってあげてください」

 って慰めてくれた。

 お、大人だ...。

「仔細は未だ明かせません。王国の中では指折りの観光都市であり、他国との接点も多い交易港でもあるのがクリシュナムです。近年は、甘味料のひとつとして“真っ白な砂糖”が荷揚げされて話題をさらったものです」

 荷馬車に揺られる。

 街道は整備されているとはいえ、夜になれば獣や盗賊が出ないとは言えない。

 長距離路線馬車は、20里進んだら街か村に入るよう定められている。

 仮に20里の踏破が困難だと判断されれば、10里ごとの村に入ることだってあった。

《未だ見ぬ港街クリシュナム、か...》

 いや、初めての遠出だから。

 心が躍っちゃって。

 はわわわ~ 楽しみぃ~。

 水着買って、砂浜でバカンスなんだわ!

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