ようこそ、バヤリーナ。おいでませ、異教徒さん 1
蒼炎の魔女は、屋根裏のある空き家に飛び込んでた。
息をひそめて3日ほど。
持ってきた保存食は、水筒1本に乾パンと干し肉が3切れほど。
ただ、肉の方は顎がしばらくガタつくほどの硬さがある。
「なんでこんな肉にしちゃったかなあ」
ひとりで寂しく愚痴る。
最初は、ひとりじゃなくて。
多数というほどの数じゃないけど、仲間があった方。
みるみるうちに少なくなって。
気が付けば、
「あたしだけか...」
息をひそめる時は仮死状態めいた息継ぎで。
緩める時はとことん緩める。
このメリハリがあるから、敵地の中でも生存できていた。
ここでひとつ分かったこと。
外の連中にも伝えたいことの一つでもあるんだが。
“バリヤーナには人が居ない”
という事実。
これは文字通り、大都市であろうとなかろうと、人の影と言うのが極めて少ない。
むしろ、いないと表現した方が正確かもしれない。
◇
屋根裏の隙間から通りを窺う。
犬らしからぬ化け物を、従える導師の姿――邪神教では一般的な“神父”のような者たちをすべて“導師”と呼ぶ。ふたり一組で行動し、化け物は顎の上が潰れてしまっているが、物音や心のありように機微なところがある。
どんなセンサーで感知しているかは分からない。
でも、下手な野獣や魔獣よりも厄介な存在だった。
魔女の気配を追って、近くにまで現れたけど。
どうも道に迷ったようだ。
近くにいるかも知れぬ。
って、導師の掛け合いは“魔女”にとってはちょっと滑稽な感じに。
迷いの森のような大規模な魔法ではなく、簡単なまじない位な札が門柱に張ってある。これで方向を見失っているのだから、なんとも安上がりな連中である。
「方向か」
眼下の敵は去った。
緊張を緩めて、不意に物思いにふける。
ハトを飛ばした。
1刻もしないうちに飛ばしたハトが、足の管に容れた手紙と共に戻ってきたのだ。
帰巣本能に優れた生物が戻ってくる可能性。
鬼道に通じるのならば、奇門遁甲。
あるいは妖精族の、帰らずの森か迷いの森。
いずれも、作用するのは侵入者を外に出さずに、永遠に解けることのない迷宮に閉じ込めること。
結界でもあるけれども、守備に特化した攻撃手段であるということだ。
「もしも、ハトのそれも迷宮に囚われているのだとすると」
不意に、雀が通りに。
暫くは路にある虫やパンくずなどを追ってたけども。
飛び立ち空に消えた。
戻ってくる様子もなく、ずっとくすんだ空に目を向けてた。
「あれ?」
んー。
なにこれ?