邪神教という者たち 1
この世界の敵は、あたしたちが知るよりも多いって事だ。
皇帝を護るように文字通り盾になった騎士たちの躯。
その奥に血だまりに沈む陛下。
もう、まともに見えてはいないだろう目へ。
勇者がドヤ顔で覗き込んでいる。
もう少し腕に力でも残っていれば――「危ないなあ、往生際の悪い人ですねえ。死力を尽くして、俺の腹に剣を突き立てよって魂胆ですか?! いやだ、いやだ...そんなに必死にならなくても、王女の膣に穢れた種を植えようとした、中年勇者はもうこの世に居りませんって」
耳を疑う。
いや、魂魄になりかけるその感覚で、響いたというか。
下卑た男はそれは下品に嗤ってた。
「糞女神の寄こした勇者が、この世界のどこにもぉ!!! 居ないって話ですよ!」
じゃあ、この男は?
腰を気遣う風でもない。
あのぎこちなさが見えなくなった。
ただ。
皇帝だった魂魄がずるりと肉体から抜け落ちる。
このまま地上に留まる選択も可能だ。
が、そうすれば英霊として天に迎え入れられる王は、悪霊から上位死霊か死霊騎士になるかの二択しかなく。
いずれどこかの冒険者に倒されるのがオチになるだろう。
ならば。
心残りが無いわけではない。
「ふん、娘を想うか」
勇者を騙る男に、見透かされた。
彼に魂魄が見えるとは思えないけど、
「安心して旅立て... 貴様の娘は俺が、売り飛ばしておいてやる!!!」
ああ、下種だった。
こいつは悪党で、
そして禄でもないヤツだった。
無念の魂魄たちが光輝く天にあがる――
はずだった。
なんだろう。
魂魄の身になって寒気と、そして不安を抱える。
光り輝く天を仰ぐ人々。
上がっていく者が誰一人いない、空。
「はい、ざ~ねん、で、し、たああああああ!!!」
男の高笑い。
いや、男の身体を借りたナニかの高笑いだ。
魂魄を鷲掴みにした禍々しい腕が腹から伸びて。
それが彼の中に消えていく。
この地は“乙女神”の加護の及ばぬ場所。
されば、天の回廊も届かぬも道理。
◆
ほどなくして。
ドーセット帝国遠征軍の訃報が世界に広まる。
帝国の武威は失墜するし、英雄王なんて呼ばれもした皇帝の死も国内外に動揺が走る。
ただ、すべてが悪い方向に向くことは無かった。
帝国の東にある、統一王朝の末裔とする好敵手国からは“同盟”の話が出るなど。
世界のバランスは保たれた。
――帝都・王城。
「父上が存命に、この話を纏めておきたかった」
皇太子がそう、各大臣らに告げた。
水面下ではほぼ、決まりかけていた事案。
皇太子と大臣たちの努力の結晶だったんだけど...
訃報を払拭するくらいにしか役に立たなかった。
世界のパワーバランスからすれば、この成果は非常に大きい。
だって、世界大戦の回避だから。
意義のあることだって信じてる。




