春は戦いの季節 4
「加護が使えなとは?」
人参のサラダは、輪切りとスティックがある。
添えたソースは未だない。
なんせ、肉は調理場で焼いただけ、ローストしただけ、湯銭しただけのもので。
釜茹での塩が卓上にある。
豪快をも吹き飛ばして、野蛮の一言に尽きる。
「ふふふ」
「なんだ?」
皇帝は目の前の人参を水に浮かべてる。
即席の塩水だが、濃さは舐めて『しょっぱ』って言えるとこ。
ひと呑みしたら絶対に噎せ返るだろう。
「いや、知恵だなと」
爺ちゃんはソレを知恵と表現した。
塩水に漬けた根野菜はほんのり甘味が増す。
帝国の料理は、まあ。
もう少し文明的だ――付け合わせのソースくらいは...用意してくれるのだから。
食事に豊かさや彩を求めてるところは平和だ。
平和ではない国は、生きることもせっかちになる。
余裕が無いのだ。
あとは。
まあ、文明が単純に追いつけてない...とか。
この国はどっちなんだろう。
◇
魔法が使えない、はちょっと乱暴すぎた。
世界の主神たる“乙女神”の加護の効いた魔法だけが使えない。
つまりは、正教会が用いる祝祷魔法あたりを筆頭とした、現代魔法全般が対象となっている。
で、そこんとこ行くと。
信者数はこの世界では少ない、あたしの神さまは別格。
っても、火属性魔法しか扱えないから。
相克する対象が出てきたら、てんで使い物にならなくなる不安定さ。
まったく使えないよりかは。
「なるほど...そういう絡繰りか」
即座に理解する皇帝。
乙女神の力が及ばない地を用意する。
加護によって勇者たちは、常人の遥か数十倍もの武力を得ているのだから。
この祝福を断ち切る事で。
「無力化したわけか」
食事の中に毒物はない。
混入させる意味もない。
そもそも無力化に成功しているのだから...
じっと市長を睨む皇帝。
ふと、視線を感じた――それはすぐ真横から来るもの。
ゆっくりと、右へ頭を向け直す。
中年勇者の視線がわりと熱いように思え、
左わきばらに滲む熱を感じた。
こう暑苦しいヤツの手が肌にまとわりつくような...
ひどく気分の悪いものが這う感じで。
「陛下!!」
立ち上がる爺ちゃんにも刺客が、両脇から。
するりと躱して、ふたりの従者を自衛用の肉切りナイフで切りつける。
ごばっと血の噴水が天井にまで挙がった。
皇帝はわき腹を刺した男の腕と、額をそれぞれの手でがっちりとホールドした。
常にその身を戦場に置いていた男の剛力のさま。
刺客の男の腕は掴まれた部位を粉々に壊され。
額はめり込む指が見えなくなるまで握りつぶされたところ。
「ば、化け物が!!」
これは上座の市長の声。
三の王女は茫然としてて、覇気がなく。
精気もないし、そもそも意識もあるか定かじゃない。
で。
女神正教の神父らもことごとく打ち取られてるありさま。
あ、いや。
警戒してた帝国兵もおよそ似た状況に。
加護が無くなると、人は脆いということか...