勇者と遠征軍 10
勇者たちを乗せた船は、カプルの領主が用立てた。
これが領主も巻き込んだものだとすれば――「反乱」か?って、爺ちゃんの凄味で、船頭とその乗組員を恐怖させた。船を動かすにはそれなりの練度が必要だが、人を動かすには“カネ”が必要だ。
カネは血のようなもの。
滞ると、流れが悪くなって...。
「へへ、領主さまは知りませんよ」
下卑た笑いだ。
相手が大国の王だと知った時から、計画を練った。
まあそんなところだろう。
こういうのは何処にでもいる。
そもそも帝国だって広い。
清廉な人ばかりではない。
だから知ってるような顔をする、だ。
「如何ほどだ、この場を収める“カネ”は?」
落ち着き払った態度が、船長には気に食わない。
とくに皇帝の乗る船の船長だけが味わってた――この重圧のような空気。
ドーセット帝国の表と裏。
他国から見ると、帝都は貿易によって栄えた商業都市のイメージがある。
この繁栄は、6代に渡る栄華の証、象徴だ。
と、同時に血の噂もある。
いや、噂じゃなくて。
まさしく本物の軍事大国の顔だ――先の統一王朝“ブレーメル・イス”の残滓なんて言われてる、大国の一つで、その歯牙は主に大陸の北へ向けられてた。彼らの東にはまた別の、難敵が居る訳なんだけど...それはまた別のときに語ろう。
さてさて。
煌びやかさは皇族の中では、まあ。
お姫様たちにだけはあるかな...末姫である筈のヒルダにはそれがないけど。
「そうですねえ、船長の俺には“帝国大金貨5枚”と...」
瞼を閉じてた皇帝は、手鼻を噛んで制止させた。
船長も思わず黙るほかなかったんだけど。
そこで誰もが息を呑む。
この場の指導権はすでに皇帝が握っていると。
「なあ、それはバカバカしいと思わないか?」
船長が首を捻る。
いや、視界が反転逆さまに見えた。
「悪いな。ロムジーに切らせた」
飲み込めない生首がある。
足元まで転がってきたので――「拝謁を赦そう、そのまま我がブーツの先でも舐めながら、とくと聞くがよい。キサマの提案ではカネが死に過ぎる。故に余自らが生きたカネの使い方を伝授する。あの世の渡し賃代わりに持っていくがよい!!!」
船は船長が動かすのではない。
手足となる船員を買収すればいいのだ。
帝国の大金貨なんて、滅多に流通しない貨幣よりも。
もっと実利に則った貨幣がある。
“銀貨”だ。
「この樽に銀貨が詰まっている! 好きなだけ与えるから。勇者一行を対岸まで渡すがよい!!」
って流れの交渉だ。
欲を斯けば、船長のようになる。
船は最低限の水夫だけでも動くし、場合に依っては騎士たちも手伝う手はず。
故に海軍兵も同席してた――抜け目がない。
◇
「こうなる予感はあったのか?」
剛剣のホーシャム・ロムジーでも居合いの心得はある。
細胞の境、骨と骨の間に通す繊細な剣筋――強引な魔法の剣だから剛剣ではなく。所作の一つ一つが洗練されて剣舞がごとく美しく舞えるほどの繊細故のギャップだからこそ、剛が映えるわけで。
爺ちゃんのは剣から認められた、天才なんだわ。
さっそく手入れを受ける愛刀。
なんか嬉しそう...こいつ頬が赤い...
「こうなる、か...」
深い溜息だ。
王宮からの烏が無かったら少しヤバかった、くらいだろう。