勇者と遠征軍 9
あたしたちの居る大陸は東の外れにある。
もっとも自分たちが外に出ないから、大陸だと思い込んでのことで。
ドーセット帝国からすれば、ちょっと大きな島みたいなものらしい。
天変地異によって世界が一変する以前は、世界最大の大陸と陸続きの地域の一つに過ぎなかった。
その名残は、大陸の北部にあるという。
神々の霊山峰と呼ばれた、平均6000メートル級の連峰である。
人の身で超えることが適わない、極寒と険しい山岳地帯。
ま、たとえ超えたところで...その先には何もない。
噂では深い谷か、或いは黒い海があるという。
行こうと思えば、あたしは行けた。
ただ、あたしってばそんなにアウトドアなエルフに見えるかって話。
「先輩は、物臭ですもんね」
そう。
出来れば家の中でずっとゴロゴロ...
ん?
「だからパンツは当方が洗うと言ったじゃないですか!!!!」
ミロムさんが序に洗ってくれたことを、どこから嗅ぎつけた模様。
ま、おしっこまみれなもんで。
匂いは...するだろうけども。
「後輩に渡すと、洗って返ってくることは無いかなあ、と」
これは勘じゃない。
経験によるものだ。
後輩は、あたしがいない部屋でずっと、ずっと枕を吸っている。
宿屋のおじさんから聞いたから間違いない!!
断言しよう!
後輩は変態だ!!!
「なんなことは見れば分かる」
師匠があたしを叩く。
朝からいちゃつきやがってとのこと。
「ふざけんなよ! こっちはな、昨晩はふたりのお姉さんと激しい運動で寝不足なんだよ。朝からきゃんきゃん吠えやがって、この糞まな板が!!!尻ほどの膨らみでもありゃあ、伝家の宝刀、抜かんでもないツラぁしてやがんだ。もっと揉んで大きくしてきやがれが!!!」
お楽しみだったのか、ご不満なのか。
あたしにイキってどうしたの、師匠?
腰を庇う動きの模様――相部屋のシグルドさん曰く『あれは、3人の娘さんに揉みくちゃにされた挙句に、早かったのが悔しかったのだろう。こういう遊びは人間種には向かんと言い含めたのだが...春になると獣人族娘は体力があるからなあ』なんてしみじみと。
アイヴァーさんも宿の外で盛んだったらしく、朝帰り。
みんな、なんか本能だね。
◆
春が近づく。
メガ・ラニア公国の不毛地帯にも芽吹く季節だけど。
幾十年にも重ねて品種改良された、高原野菜たちの成果が問われる時期。
収穫祭と言われる“戦い”が始まる。
戦の支度は他国への侵略も半分はあった。
が、この時でもある。
メガ・ラニア公国原産。
グランド・ジャガ――大海の果てが植生域だった“イモ”がドラゴンの糞とともに飛来して、百年。この地に自生し、人々の胃袋に馴染むまでもう百年。
なんとか大人しめで、味も美味になるまで数十年。
品種改良し続けて、手を焼かされ、死人も出して、ようやくの狩時に育った...。
「体長7メートル、恰幅12メートル...地中より地上に這い出てくるのは、獲物を狩る目的と...求愛、だったか?!」
和装の男の頭がゆっくりと、背後の青年に向けられる。
「あ、うん。ま、器用だなアグラ」
パンフレットに用意された、装丁絵とはやや趣が違う。
こう、もっと狂暴な雰囲気が。
目の前の“イモ”から漏れ出ているような。
「この凶悪なオーラは、冬の厳しい季節の中で苛立ち、不満、殺意を溜めた証なんだというぞ。その悍ましさが強ければ、強いほど...アクが外に漏れだして、味が濃厚なものになるんだと」
「それ、死人でるんじゃ?」




