勇者と遠征軍 8
起床後に気が付くのも鈍感だと思うけども。
ベッドに大きな地図を設けて、そこに群がる小動物にも戦慄した。
その小動物はただの小動物ではない。
それぞれ“神の使い”と呼ばれてる動物たちなのだ。
そういえば、男神のみなさん。
あたしの背から圧を掛けて『聖水』とか叫んでたような。
聖水なんて大層なもんじゃなく、これ...
おしっこなんだけど。
啜りに来たん?
「あーいやいや」
両手で顔を覆い、ゴロゴロ悶々としてたんだけど。
ふと、視線を感じた。
ベッド脇から後輩が覗いてくる。
「何が...“いやいや”、なのですか!! ベッドをこんなにして。シーツ下にある藁布団は、天日干しすれば1シーズン持つ身。しかし、先輩がこんなにしちゃったら、天日だけじゃ不衛生だってバレたら、教会側が弁償になるんですけどね...分かってますか」
教会の推薦で安く泊まれた宿。
しかも皆、個室が宛がわれて。
かつ、白いふかふかのシーツありベッドは格別だった。
そんな優しい宿屋に、あたしは迷惑をかけた。
うーん、絶対にマズイよなあ。
「じゃ、濡れたパンツを履き替えて...」
あたしのパンツに手を掛ける後輩。
待ってください、引っ張らないで。
「えっと、ひとりで出来るんだけど?」
抵抗するあたし。
抵抗しないわけがない。
伸びる、伸びる...
「パンツの履き替えはお任せを!! 上衣はご自分で」
ん?
そこは逆。
じゃなかった、あたしが全部やりますから。
◇
後輩を部屋から追い出した。
宿屋の給仕の方に『ごめんなさい』をした。
お姉さんはコロコロと微笑みながら、
「いいんですよ、お漏らしなんて日常茶飯事ですよ? 吐しゃ物なんかもありますし、失恋で枕を濡らす人もいますから。その時々にベッドくらいでも“柔らかく”しているんですよ」
深い。
誰かの胸の中で寝たいとか。
温もりを必要とすることがある。
そんな時にベッドが寄り添ってくれると――なんて優しい宿屋なんだ。
「あ、でも弁償はお願いしますね」
現実も追いついた。
あ、うん。
そうだよね。
そうだよ、なあ...。
金貨1枚で?
「それは多いですよ。銀貨5枚で」
◆
さてさて、勇者ご一行はどうなったのかと言うと。
カプルの街を発って2日目。
船は2本マストの三角帆の組み合わせ。
この辺りの海域では、ごく普通の帆組なんだけども。
船頭は順風を何度も逃がしてた。
な、訳で――いっこうに前に進む気配がない。
いや、船足が遅いだけで鈍亀のようにノシノシってな具合で、前には進んでる。
「流石に2度も3度もとなると怪しさが増す」
お爺ちゃんが剣の柄に利き手を置いた。
抜かないけど、剣士が刀を手にする意味ぐらいは誰の目にも明らかだろう。
下手を打てばその首が飛ぶ。
「いいんですかい?」
船頭はしゃくれた顎を突き出して、
「この首を落としたら、誰が動かすんで」
足元を見た。
皇帝たちが乗る船以外も、足並みを揃えているようで。
呼応するように半旗の模様。
「ふむ掲揚で探ってたか」
ヒルダの父の落ち着き具合はどこから。
今、ここで正に反乱が起きようとしているんだけど。
「よい! 先ずは如何ほど欲しい?!」
王様は話が分かるねえって船頭の下卑た笑いが響く。