勇者と遠征軍 7
「お、奢り?!」
うひぃー、他人の夢の中でどういう。
いや、そもそも招いたとか、なんとか。
ちょっと待ってよ、待ってよ。
これ今、誰かがあたしを起こしてくれたら。
「意識が肉体と切れるわよ? だって、この宮殿にある、まな板。あんたのソレ、魂魄だからね!」
マジか。
とんでもねえよ、神々の宴。
死んじゃった人をこき使えよ!!
「そう、それ。死人なんか穢れて、宮殿が汚れるじゃない。まな板はバカなの、ああそうね、バカだからここの主役が誰なのか分かっていない。勇者が小太りだの、ブタのように脂ぎってるだのと、あたしのセンスを疑ったのね!!!!」
勝手にキレてるぅ~
いや、中年の腰痛持ちでしょとは言ったが。
蔑称を並べ立てたつもりは無いんだけど。
「お爺ちゃんを虐める神だと思われるのは癪だから、この辺に」
乙女神の袖を引く者あり。
たぶん、同じように給仕か何かで呼ばれた巫女のよう。
うんうん。あたしよりも扱いがいいらしい。
先ず、
着ているものが絹のようだ。
履物もあって、帽子と一緒に面隠しの布があった。
あれは、神さまを直接見ない以外にも、巫女たちの顔が見れないようにする御簾のようなもの。
十中八九で容姿端麗にして、乙女神に匹敵するとみた。
うーん、同性でこの扱いは流石に凹むなあ。
「まな板と遊んでたら、見過ごせない事態になったわ」
あれが遊び?
ま、神さまなら戯れに人を消し炭にするのだって。
身震い。
おしっこも行きたくなった。
「まな板?!」
「ひゃ、ひゃい」
「そこで漏らすんじゃないわよ!!!」
おっと、バレてーる。
いや、そこぢゃない!!
笑い話に思うだろうけども、あたしの神スーリヤさまが唐突に、
「走れ!!」
って叫んだ。
厨房の方を指さされたので一目散に。
これが怖い。
背中にめっちゃ、圧を感じる。
男神さまからの『聖水だー!!!』って叫びが、いや圧が凄い。
なになに...
ただのおしっこですけど?!
宮殿に木霊する嘲笑。
乙女神の卑しい笑い声――『まな板、せいぜい逃げ回りなさい...あたしの宴をぶち壊した分、きっちり身体で払ってもらうから」なんて、物騒な高笑いだった。が、何とか境界である厨房に飛び込むことが出来た。
が、漏らした。
床を流れる岩清水。
む、無念。
この世に生を受けて50年。
まさか夢の中で漏らすとは...トホホ。
「怪我してねえか?」
「すみません、穢してしまいました」
給仕長と、料理長に謝罪。
内太ももから膝の裏に流れる滴、みなの喉が鳴る。
どったの?
「あ、いや。大丈夫、大丈夫...まあ、怪我してねえならも、問題は...そこじゃ、ねえな」
御使いのバジが声を掛けた。
「えっと、なんで目を...そ、」
「あ、いや...直視しちゃ可哀そうだろ」
で、厨房の男衆も鼻と口を手で覆いながら、喉が鳴る。
なんなんよ?
「ま、もう夜が明ける。せ、セルコット...今日は済まなかった、帰っていいよ」
この言葉がカギだったようで。
あたしは、あたしの身体に帰ってきた。
不思議な体験ではある。