勇者と遠征軍 5
湯あみという名の沐浴を済ませた、あたし。
バスローブでもない薄い衣に、股引みたいなズボンで厨房に立つ。
「貧相だなあ?」
エルフの女子に失礼な言葉。
そりゃ、まな板と差支えの無い胸は、師匠曰く「前後の区別なし、しいて言えば未開発な干し葡萄に期待か?!」なんて言いやがってくれましたわ。干して黒くなった葡萄と一緒にするなって、未だ、やや赤みのある野苺じゃろがいと。
「服の前開きが無かったら、背中と大差ないな」
料理長が嗤った。
反論する気も失せる。
またも、奥から甲高い笑い声が。
いやあ、すごい響くなあ。
「あれが、この世界の第一柱の神だよ」
バジの奴が膳を押し付ける。
ついさっき、公務に一区切りをつけた“乙女神”が舞い降りたのだという。
ほう。
◇
宴会場の方は、席のない大広間。
好きな膳から食事を摘まむような...バイキングスタイル。
乙女神の神々しさに、他の神々が霞んで見えるほど。
なんの違い?
「そりゃ熱心な信仰心だろ」
あたしたちの世界の神。
乙女神の伝説は多岐にわたる。
第一大陸では『竜を御する乙女神』であると。
第二、三大陸は『天界軍を率いし戦乙女神』とか。
第四大陸では『魔神を屈服させた乙女神』なんてのもあって。
第五、六、七大陸のは『世界を創造した唯一なる乙女神』が有名だ。
そのどれもがただ、ひとりの神を指しているのだから驚きだ。
女神正教会は、そのすべての乙女神を奉じる。
くぅ~...必要に迫られたら、また、新たな乙女神を生み出しそうだ。
「あ、そこのまな板」
呼び止められた気が。
ぎこちなく振り返る、あたし。
「あんたしかいないじゃないのよ」
振り返っても、しばらくキョロキョロしてて。
じれったい奴だと認識が変化した。
「わたしの勇者、元気してる?」
しばらく沈黙が続き。
「ちょっと待って、まさか知らないんじゃ」
知り合いの御使いたちがすっとんできて。
代わりに謝ってくれる。
でも、いまいち意味が分からず...
「腰痛持ちの中年勇者ですか?」
あたしも、どうかしてたと思う。
なんで、あんな素直に返答したのか。
「中年?」
逆鱗じゃないけど。
乙女神の声が震えてた。
「ちゅ、中年じゃないわよ!! もっとよく見なさいよ...少し顎と首の境はないけど、四角い顔で精悍で、意志の強さと性欲に満ち溢れた太い眉毛に......漢の力強さを感じない訳?! マジ、マジで言ってるのこのまな板は!!!!」
あー、はいはい。
あれのセンスは乙女神のもんか。
ま、このまな板は...は余計です。
喧嘩を買わない、あたしも成長したなあ。
「しかも腰痛持ちですって?!」
まだ続くのか。
◇
乙女神は顔立ちのいい勇者を、複数送り込んだ。
それぞれにギフトと呼ばれる能力を託し、自分が管理する...あたしたちの世界へ旅立たせた。
けれども。
中年勇者のみ残して、行方不明という。
もはや謀略の匂いしかない。
「乙女神に絡むなよ、まな板」
とうとう、名ではなく特徴でよばれるようになった。
この作務衣を脱ぎたいです。
「露出したいと?」
「ちがーう!!!」
この夢、早く冷めないかなあ。




