勇者と遠征軍 1
中年勇者はどの町でも、村でも、王国でもとにかくちやほやされた。
その裏で密かに事務処理にて、正なり否なりと選り分ける者たちのことは表に出ない。
そういうものだけど。
皇帝が再び切れかかった。
◇
ここは、ドーセット帝国の南の玄関口“カプル”貿易港。
日中はおよそ50度に達する陽の暑さが有名で、夜になるとマイナス20度まで下がる極寒の地。
寒暖差が激しいのは、緑豊かな土地の少なさ故。
カプル港から内陸への街までは、12日先にある。
それまでの景色は、まあ。
砂か荒地か、地獄の針山のような荒野だ。
兎に角、な~んにもない。
水筒の中身は十全に。
水だと思って蜃気楼に誘われて、行方不明になった者たちは数知れず。
盗賊、追剥、もうね人らしい者はいないから。
みんな遭難したくないから。
だって。
この大荒野には魔獣がいるんだ。
勇者も回避したヤバイやつ。
『倒せませんか?』ああ、心優しい勇者は精悍な脂っこい顔で問うた。
倒してくれたら、皆、喜んではくれただろう。
が、教会は断固拒否を貫く。
『なぜです』さっきから腰を労わる勇者。
威勢はいいんだ。
勇者として、神の御言葉の体現者としての立ち振る舞いは完璧だ。
召喚に協力してくれた神も鼻が高いだろう。
だが、世界には世界の理と言うものがある。
無視することなかれ。
『あれは見る者にとっては“聖獣”でもある。カプルから東に18日に関所として開かれた街がある。西には8日の漁村だが、ここもただ一本道の街道のみがあって、周りに遮る岩も...まして休憩小屋めいたものもない。ただあるのは聖域としての祠のみ』
教会が施したやや不完全な結界である。
この地での不完全さは、魔獣があるからだ。
その獣と契約をして安全の確保にこぎつけたもの。
『あ、れ?』瞬きが多い。
『荒野でアレを探すのは難であろう。だが、教会としては契約者であるから...手伝う事は出来ない。聖女様いえ、三の王女様との同行も認められないですな...彼女は今、我らが教会の庇護下にありますから』これは建前――皇帝の意を汲んで、勇者と王女の引き剥がしが行われた訳。
で。
『あ、うん。俺は持病持ちだったな』
あっさりやめたという。
吟遊詩人たちの詩は見事だ。
こんな些細な密談も、美談に変えてしまうのだから。
あらましとしては――
◆
ヒルダさんの美声が食堂に響く。
教養もそこそこに身に着けた、元王女さまだけの事はある。
「――荒野の都“カプル”で起きた、悲恋の物語でございました」
魔獣となった男と、乙女神によるラブストーリーが裏にあったという流れ。
全部脚色された、想像の話なので。
勇者の神聖性なんて微塵にもないんだけど~
勇者が何かしたみたいな、流れになってた。
「いいんだよ、吟遊詩人のはそれで」
師匠も、この詩は好きらしい。
「しかし、聖獣か魔獣とは?」
シグルドさんの気掛かりはそこらしい。
噂、伝承、さまざまあるけど。
あたしの御使いたちが口の葉に乗せたもんを言葉にすれば。
荒野に置き去りにされた、竜なんじゃないかってことらしい。
手に負えなくなったから廃棄したっていう、神があるなら。
この後始末もなんとかして欲しいところ。
「だけどよ、教会がなしつけられたってことは、知性は俺ら以上じゃねえか」
お、これは。
あたしの目が光ってたようだ。
「バカ弟子は勘定に入ってねえ!!」
えええ?!