勇者の覇業 19
秘密結社アメジストの表の顔は、帝国の庇護下にある“女神正教”である。
どのタイミングでそうなったのか。
或いは、元からか。
現法皇は、結社の団主であり、その治世は20年以上の長い歴史があった。
表向きの流れでは、教会内で法皇が3人ほど後退しているが。
正教の教義には“清貧”についての項がある。
教会にある者すべて、後輩の修道服も飾り気のないただの制服以外の機能がなくて、安い生地で織り込まれてた。とは言っても、このご時世にそろいの制服が用意されるだけでも、贅沢と言えば贅沢なんだけど。
ローブの者の前にあるのは、現実離れした場違いさがある。
それが裏の正教の法皇って事なのだろう。
「この世界はお前のものだ。聖櫃に構うことなく自由にすると良い。ただ、な。...やり過ぎると、世界から睨まれることは、もう少し考えるべきだったな」
ローブの者は、握りつぶした紙くずを放る。
それは、法皇の足元まで転がった。
よし、ナイスな力加減。
ふたりの間にある取り巻きなんて、あってないような壁。
法皇の方はやや不満そうなんだけど。
そりゃ、用心棒として用意した人手なのに、全く機能しないのなら不満しかない。
「これが?」
すっ惚けてみた。
内容は知っている。
知っててもみ消した――“目”が見つけた“魔神”の情報だ。
「いいのかい? 教会側から皇帝に差し出せば、正教の株は上がる。勇者の派遣は...国家の一大プロジェクトなのだろう? 聖櫃は、こちらが求める秩序の下に人々を導く社会の構築だ。世界の一つくらいは大目に見ているし、そういう契約でもあったし...ただ、まあ。私腹を肥やすもの大概にしとくんだよ?」
これは忠告だ、と。
ローブの者は膝を抱えて嗤った。
紙くずに視線を落とした一寸で、気配が消えた。
ようやくだけども...
取り巻きたちは、息を吹き返すように――「猊下、何事です...ここは?」なんて告げてくる。
従者のすべてに記憶がない。
ここまで来た記憶もだ。
彼らにあるのは...。
地下墳墓までの道のりだけ。
堂々と煙に巻いて見せた訳だけども。
丸められた紙片には、かの者の落書きが。
◆
あたしたちのいる大陸に激震が走る。
これは、メガ・ラニア公国へ通じる水上都市で拾ったネタで。
ドーセット帝国の遠征軍が“魔神討伐”の狼煙を上げたという話。
それと、かねてから懸念してたメガ・ラニア公国がとうとう侵略戦争をおっぱじめてしまったって事――正教会としては、布教活動の妨げになるとして戦争の回避に務めていた。大陸最大の宗教国家ラグナルの政情不安が無ければ、この案件はよりスムーズに内々で終息できたかもしれない。
後輩の落胆は、あたしには判らない。
昼飯だと、師匠の言葉に押されて入った食堂でも。
彼女はがつがつと、いつものようにいい喰いっぷりだった。
「先輩は、この太いソーセージ。しゃぶりたりません?!」
あたしが最後に食べようと残してた子を、彼女はフォークで突き刺して攫った。
シグルドさんとアイヴァーさんは、食堂に居ないけど。
客も含めた男性陣の苦悶は、忘れがたい。
なんか、痛がってる?!