ただいま、逃走中 1
こいつは未だ明かされてない情報だが、胴元は街の名士だった。
表の職業は交易商人で、大富豪。
わざわざアンダーグラウンドで、あぶない賭け闘技場を開く必要が無いほどに裕福な人物。
ただ、このての人たちは、とにかく暇が有り余る。
あとは、お金が大好きという点も動機に成るだろう。
そして、お金の方もこういう手合いの成金に集まりたがる――お金って寂しがり屋なんだって、さ。ああ、そうだろうね...あたしみたいなただ、ラッキーなところには転がり込んでくるだけで、すぐ出て行っちゃう。だって、財布に穴が開いてるんだもん、そりゃ、出ていくわ。
「荷づくりを...はよせんか!!」
交易商人の父親が別宅としている館に転がり込んできた。
これは自宅警備員となった20歳越えの息子の家である。
父親として接したのは、彼が子供時代でも数える程度で、ほとんどは使用人か母親の身代わりみたいな愛人ばかりだった。愛人の方は、週ごとにとっかえひっかえだったらしく顔も良く思い出せない。
《...ん、やっぱり思い出せない》
青年の冷ややかな視線が父親の背を刺す。
「ギルド長からバレないとも、な...限らん」
血相を変えてというのが板につく。
父親は今、追われる立場になってた。
まあ、当然、怖いだろう。
どこから足が付くか分からない。
「あんたの事だ用意周到だったんだろ?」
父親に対する返答ではないが、スレるのは分からなくもない。
あたしならグレるね。
「勿論だ、息子よ!」
息子には目もくれずに金庫の中を物色する。
持ち運べそうな物であれば、貴金属の類も鞄の中に放り込んでた。
表の館には見栄えだけの偽物で固め、別邸こそが本当の城。
「お前は、地下へ行き、闘技場の帳簿を処分するのだ!!」
と、振り返ったのは気のせいだった。
青年を瞳に納めることなく背にある机へ歩いてた。
引き出しの中に舶来の短銃がある。
教区長が使った例の火縄銃だ。
「なあ、親父...」
「まだそこに居たのか!? お前は...」
言葉が途切れる。
引き出しの銃が見当たらない。
「俺の名を何故、一度も呼ばない?」
揺れる瞳。
震える父親の手に短銃を握らせ、青年は冷たく微笑んだ。
「やっぱり、金が大事かよ」
――銃声。
◆◇◆◇◆◇
あたしの部屋から神様らが退去した後。
後輩はあたしに白湯を持ってきてくれた――「出来れば舶来の珈琲ってのが飲みたかったわ」と、愚痴ってみる。
「いつも飲んでる黒っぽいのがそうですけど?」
ああ、そうなんだ。
白湯は冷えた身体に優しいのだと告げてた。
後輩なりの気遣いなのだろう。
「で?」
「えっと、結論から言うと...綺麗な処〇膜に眼福だったと、大好評でした。スーリヤさま方も凄く誇らしげの様で...」
え?
「や、そっちじゃなかったですか? えっとですね...検診は今後、教会で年1回の最低条件が設けられ、神様も楽しみにしているとの事です。それと、魔力調整や肉体調整なども行い...ステータス面では幸運値がカウンターストップしたそうです。...えっと、コレは神様からのプレゼントであり祝福なんですけど、ちょっと贔屓しちゃったらしくユニークスキル“借金”が可視化されちゃいました」
飲み込めない。
飲み込める情報量じゃない気がする。
「えっと、幸運値がカンストしたら、今ままで人為的に発生してた借金が、呪いになったって事?!!」
「ま、まあ...平たく言うと、そういう事です」
あたしは頭を抱える。
いや、誰だってそうだろ銀貨1枚拾ったら、得した分だけマイナスになる。
あ、この場合は金だけだ、が。
「気を確かに持ってください。このデメリットにはもっと過酷なものがありました...例えば上位であると“不幸”です。幸運値の上下逆転現象みたいですが、これは幸運を得た瞬間に命までを対価に不幸が舞い降りるんですよ~怖いですね...」
励ましてくれてるんだろう。
失うのが金で良かったねえ、と。
ああ、その金が元から無尽蔵にあればな...ねえんだわ、金が。
となると...。
「この施しみたいな今の生活は?」
「うーん、幸運とは関係ないですね...教会はそもそも貧しい方に施すのが商売でもあります。経済活動のそれとは違い、仕事だという意味ですが」
後輩なりにあたしを守っているようで。




