勇者の覇業 16
氷結魔法・氷の監獄――11人の魔女による最上位の拘束魔法。
本来は、桶一杯分の水で戦士級の暴漢なんかを、凍結させる拘束なんだけど。
今回のは規模も大きいし、何しろ対象は湖から出てこない。
水の中に逃げられたら...拘束魔法で閉じ込めるなんてことは、まあ無理。
それと、賢者による拘束魔法・魔鎖が決まったところ。
これで縛り上げてれば、地上組の攻撃はとりあえず首とか頭とか、尻尾にも一応通る筈だ。
ただ、リーズ王国としては複雑な気分。
お気持ち表明が赦されるなら、
国王自らが陣から抜け出して、皇帝を張り倒したいところ。
湖にて保護している“スライム”たちも一緒に、凍結されてたからだ。
氷の監獄から抜け出せている、個体は幾匹かいて――保護地域を別に用意すれば済む話でもない。
怒髪天のスライムを除くと、今のところ冷静なのはゼロ。
みんなドきつい警戒色を発しながら、めっちゃ怒ってた。
これ、契約してくれるスライムなんて最早...
「おらんじゃろうなあ」
爺ちゃんが眉を搔いてる。
対岸で怒鳴り散らしてる王さまに、冷めた目を向けてた。
◇
さて。
吟遊詩人の語りは、この戦闘の“あらまし”を謳ってる。
そんな、ヒルダさんも帝国で謳われてた語りが中心だけど、一部、爺ちゃんの視点も混ざってた。
あたしも当事者としてその場にいたのだけど...
ここで、ミロムさんの催眠誘導で。
勇者の方を見て貰う事にした。
目端には彼の姿があったんだよ。
で、なんとなく気にはなってたけど、直視してなかったなあ。
「戦闘中に余所見はいかんぞ!」
爺ちゃんに額を叩かれた。
で、まっすぐ“蛟”の方へ視線を向けちゃったんだけど。
あの時の違和感が。
中年勇者は、腰を深く落として。
肩で息継ぎしてた。
深く、深く、深~く意識を集中しているような。
そんな息遣い。
聖女様よりも後方にあって。
誰彼からも意識が向けられなくなるまで、待つ。
そんな感じ。
腰痛なんて無かったようにすっくと立ちあがる。
なんか準備運動して、
素振りなんかしてる。
ここまでが2分くらい経ってる。
戦いの趨勢を見守り、紅茶をすすり。
そろそろかなって頃合いに――カッ飛んでった。
そうそう、ここ。
あたしたちの意識に刻まれた、勇者の凄まじい威力の兜割。
技が美しいとか、優美な立ち絵なんてないんだけど。
それこそ力任せの不格好なひとふり。
爺ちゃんが剣の師匠なのに。
相当不器用なのか、天然なのか。
帝国式も泣くほどの武骨者のソレだった――威力の余波で、奥の森と山まで切ったっぽい。
山頂が欠けて見えるし。
「いや、あれは元からじゃ...が。儂らの攻撃でも脳震盪がせいぜいじゃった“蛟”の頭が、ぱっくりと割れるとは見事な、剛の剣じゃなあ」
先生が感心してる。
他人を褒めることはないけど...特に爺ちゃんの教え子。
でも、あの準備運動とか。
そもそもなんで3分なんだろう。
釈然としないし。
違和感は残るし、とにかく気持ちが悪い。
記憶を俯瞰してみてたのに...
勇者に睨まれた気がした。
あの違和感は、何?!
◇
「――と、こうして勇者一行は、リーズ王国の竜を倒したのです!!」
やや偉そうなのは、この語り部を始めたときからずっと。
ヒルダさん曰く『自慢の姉の~自慢の旦那様』なのだとか。
とうとう、結婚すちゃったんかあの勇者とか思ったが。
「んにゃ、皇帝さんの許可が出てないから未だ、保留。国の英雄でもあるんだし、婿入りでもしてもらって、辺境公爵でもやって貰えばいいのにねえ~」
とか。
あたしが言うのもアレだけど。
中年勇者に20代そこそこの娘が盗られる悲しみは計り知れない。
しかも皇帝よりも年上だという。
「で、その他の冒険譚は?」
後輩が催促。
旅は未だつづくのだ。