勇者の覇業 13
“ブラック・レイク”を取り囲む兵は、王国と帝国の総出で万単位。
皇帝陛下をぬか喜びさせて、蹴り落したリーズ国王の小躍りが脳裏に浮かぶ。
あのオジサンもきっと、いい死に方はしないと思うわ。
聖女と共に勇者の姿――遠目でなら“絵”になる構図だけど。
近くで見ると“娘と父親”みたいな絵面になり、しかも聖女に肩を借りているというみっともなさ。
腰痛が酷くてひとりで立てないという。
対岸に陣を敷いたリーズ国王と、項垂れた皇帝の対比もまた。
皇帝が可哀そうなくらいに思える。
「兵の数で負けるのはいい。時に戦力は数ではない時がある!! これは僻みや虚言、妄言とも違う! 経験則から得た事実である。故に、たかが数に心が折れることはないが...」
心に黒炎のような火が灯る。
娘が得体の知れない者に盗られた恨み。
いや、違うとも突き放せない。
けど、そればかりでもない。
「なあ、ロムジーよ」
項垂れた皇帝の顔が歪む。
打ちのめされてた人の姿ではない。
何か吹っ切れたというか。
或いは、魔でも呼び込んだのか。
「このやり場のないもやっとは、どこにぶつければ良いのだろうなあ」
そりゃまあ、当然。
勇者がいなければ関わり合いのない“蛟”にでもぶつければいい。
彼と関わる事で出来た縁だ。
「存分に返してやればいいのです」
お爺ちゃんにしても、
三の王女さまは、皇帝陛下とともに成長を見守ってきた、大事な娘だ。
背脂たっぷりな中年勇者に、蹂躙される謂れもないとか思ってて。
怒りもあったようだ。
「ふむ、では...兵よ! 樽をもて」
3000人の近衛が樽を抱えてた。
いや、それどこにありました?的な流れだけど。
駐屯してた村から言い値で買った樽である。
「点火後は、蜜蝋で封じて投下せよ!!!」
端で見てる先生は不審には思ってたけど、イマイチ理解が追い付いてなかった。
爺ちゃんの肩を2、3叩いて...
「何が始まるんだ?」
って問う始末。
爺ちゃんも真顔で――
「陸に揚げたいのだろ?!」
と返したんだけど。
あたしは、樽の中身を仕込む仕事に従事してた。
故に後方勤務だ。
らくち~ん♪
◇
湖に放りこまれた樽は3000を超える数。
最初は浮いてたけど、魔法による効果でひとつ、ふたつ、みっつと沈んでいった。
体感だともっと長かったように思うけど。
おおよそ5、6分後に水柱が上がった。
何が起きたかは湖面に浮かぶ魚で判断できた――水中で樽が爆発して、その衝撃により生物が白目になったのだ。治癒能力を有する貴重なスライムたちも、警戒色でも帯びながら草地に這い出てきた。
その付近に陣を敷いてた王国軍が敵に見えたのだろう。
保護して、守ってきた有用な魔物に狙われるというのは皮肉だけど。
まあ、これも帝国が無茶な八つ当たりをしなければ、起こりえなかった惨事だ。
ようやく事態を飲み込んだ、先生が爺ちゃんへ抗議した。
ちょっと遅いけどね。
「なんて事をする!!!」