勇者の覇業 11
ぎゃああああああ~!!!
“ブラック・レイク”の近くで再び駐留地を得た勇者一行。
野ざらしな野営地ではなく、湖の恵みを糧とする小さな部族の集落に逗留したような形だ。
そんな陣屋から、異常とも思しき悲鳴。
いや、あれは重低音を利かせた叫びか、なにかだった。
◇
状況が状況だ。
水源地であり、湖底に“蛟”が棲まうと言ういわく付の湖があるんだから。当然、それ絡みの由々しき事態だと思った者は少なくは無かったはずで――着の身着のままで、真っ先に飛び込んできたのは皇帝陛下その人だった。
奔る足の速さは尋常。
「如何した!!」
飛び込んだ天幕は、勇者のもの。
もっと周りを見るべきだった。
悔やむものではなく、気を配るべきもの。
愛刀片手。
抜刀して飛び込んで立往生。
「お、お前は! 何を...しとんじゃあ?!」
これは聖女こと、自身の娘であるマッパの三の王女へ向けた言葉だ。
吟遊詩人はこのくだりに、苦し紛れの“嘘”を織り交ぜた。
えっと。
三の王女の寝所に現れた、魔の者を退けたというエピソードの追加。
で、しかも語る側の方でも大きく違ってくる。
ドーセット帝国サイドだと。
王女の名誉のために、魔物に襲われそうになった話。
リーズ王国サイドだと。
皇族の名誉のために、村が襲われてたので剣星と弟子たちが、ついでに勇者を助けたことになっている。腰が滑って〇痙攣も起きていたとか、そんな話は一切、書かれないし語ってもいない。
ただ、その目撃者がこともあろうか、皇帝陛下だったのだ。
「えっと...抜けなく」
知るか!!って片づけられないのが父親。
自分と大差のない脂ぎった、悪く言えばオークみたいな中年おっさんにだ。
手塩にかけた愛娘が、婚姻もしていないのに食われてるのを見せつけられている。
頭を抱えてたら、
「お義父さん」
なんてフレーズが聞こえた。
「あ゛」
「こ、これ...腰に」
皇帝に殺意が湧いた瞬間。
魔が差すというのはあるのだと知った。
「ちょ、へ、陛下!!!」
止めたのはお爺ちゃんだった。
「放せロムジー!! 余の願いはただ一つ!!!! 今ここで狼藉者を誅滅することのみ」
勇者の方はいまいちピンと来ていない。
誅滅?とか口に出して、ベッドから滑り落ちたままだ。
動かなければ、腰はこれ以上窮屈な体勢にならないらしい。
しかも、3分経てば“腰痛緩和”スキルが発動する。
ただし。
「今の悲鳴は村中に轟きました!」
これで目が覚めた。
三の王女の方は、抜けないのだから隠しようがない。
例えば、勇者が平然と胡坐をかいても、彼女とは向かい合ってハグしているし。
仰向けに寝れば、王女は彼の上に載っているのだ。
「い、いかんではないー!!」
「そうです。王女さまの名誉が汚されます」
こんなオーク男に。
いやあ、お爺ちゃんも言うよねえ。
前から思っても居なければ、そうそう口には出ないよね。
「くそ、くそくそー!!!」