勇者の覇業 10
あいててて。
ひぃー
おでこ、ヒリヒリするぅー
あ、ただいま。
みんなでムダ毛処理中。
あたしは眉の間と、おでこに産毛が多いらしく。
細く短いから放置してたんだけど。
ヒルダさん曰く。
「私たちはもっとオシャレをしなくちゃいけない!!」
猪戦士な彼女から、恐らく一生、口にしないであろう言葉が飛び出した。
きっかけは、外で身体を拭いてた彼女の傍で、兄である師匠が余計なことを言ったのだ。
『お前、腕の毛が凄いのな?!』と。
ただし。
これにはちょっと違う意味が。
『お前、腕の怪我、凄い深いんだな大事ないか?』だったというんだけど。
兄上のバカああああで、すっ飛んで行ったらしい。
釈明の場も与えられないのはちょっと可哀そうだ。
そこでムダ毛処理が行われる。
まさかこんな痛い目を見るとは、おしゃれとは何なんだ!!!
◆
馬車の中で蹲る女性陣のひと固まりがある。
吟遊詩人と化してるヒルダは、腕と脛が血だらけになってるんだけど。
「さて“竜殺し”の勇者はどうなったんだ?!」
馭者のアイヴァーさんが話を振った。
一番、酷いのが後輩だった。
口の周りがヒリヒリすると涙目である。
「ちょ、ちょっと待ってね」
いや、マジで馭者なんだから前を見て!!!
T字路で、すれ違った商業馬車が今、視界から消えたんですけどね。
T字の奥は窪地になったらしく、可哀そうに商業馬車は道なき道へと滑り落ちたのだという。
T字路を右に曲がって後。
あたしは消えた馬車の事態を知ったんだが。
これ、下手に声を掛けたら...
「怒られるから、知らんぷりだ」
師匠の口調が柔らかい。
もしや、爺ちゃんのことで...
「ロム爺のだけじゃねえ!! 今、ここで名乗り出て、面倒事に首でも突っ込んでみろ!!!! 間違いなく財布から金貨が無くなるだろ。ここはだな、相手が怒ってこっちに走って来ても、知らんふりするのが大人の対応って奴なんだよ」
うーん。
大人ってのは卑屈なの?
「こ、こら!! 変な正義感なんか持つなって話だ!」
ヒルダさんの視線は少し違う気がする。
まあ、兄妹揃ってアウトローな生き方ではあるんだけど。
帝国の暗殺者ってのは、国の正義と自身の正義に絶対の自信をもって活動している。
そうじゃないと。
ブレたら仕事に手が付かなくなるんだよね。
「じゃ、勇者の話に戻そう――」
◇
リーズ王国の最深部。
水源地“ブラック・レイク”。
水底に“蛇”が棲むというのは建国期よりも昔から、湖の周りにあった部族たちの言い伝えが起源だ。で、もうひとつ...この湖には“ブラックハウンド”っていう、地獄の番犬でも彷彿とさせる物語も多数、残ってた。
どちらかが一つで語られるのではなく。
どちらも同じように言い伝えられてきたようで。
この近くで旧い古代種の族長からは――『数えてはいないけども、数十か数百年に一度。“生贄”をこの地の“神”に差し出さなければ成らないのだ』と口伝されてきた、と。
「近年では、時代も変わって“水神祭り”という、行事に代わって人身御供ではない方法で鎮められてきたが、こちらの知る限りでは“ブラックハウンド”の方は風習的に忘れられたようなトコがある」
先生が、周辺を歩いて調査したこと。
国王や教会勢力は、このあたりの口伝を迷信だと、退けてしまったんだけど。
「口伝なあ」




