勇者の覇業 5
吟遊詩人の第二幕は、リーズ王国領に出現した“竜”である。
まあ、これは演目上かなりの改竄がなされてる。
本来は河川に忍ぶ、蛇のような魔物なのだけど。
水底を縄張りとしているから、滅多に水上へ上がってこないタイプだった。
詩人は語る。
ドーセット帝国皇帝と勇者の一行は、人々の安寧のために“竜”退治へと旅立ったのだと。
嘘じゃないのが嫌らしい。
◇
手鼻で噛む騎士たちは、袖のレースを引き出して拭ってた。
それ、ハンカチーフなんです。
喰らう肉も手掴みで、油汚れは服の裾に擦り付ける。
異世界の~暗部が垂れ流される、旅路かな...
騎士とはいえ。
平時から鎧を着ている印象は、ちょっと誇張し過ぎだ。
旅路でも、フル装備でなくて軽装。
動きやすさ、視界の広さに重点が置かれてた。
兜被ったらさ。
視界のほぼ真正面しか見えなくなるのって。
不味くない?
「リーズ王国からの使者が御付きに!!」
軽装備の剣士たち。
ああ、あたしの兄弟子たちだ。
あれ? この時、社会科見学でって話で...あたしも陣屋にいたような。
うろ覚えだなあ。
エルフの1年なんてこんなもんよ。
えっと。
話を戻すとして...
「この度の要請に応じて戴き」
皇帝が口上を差し止めさせた。
「かつては共に戦場に立ち、剣を交えた者同士である。世辞を交えた堅苦しい挨拶は良い...勇者を抱えた我が国は、あの時より世界の為に玉体も捧げると誓った者である。故に、感謝も無用であるぞ!!」
とか。
傍目から見ると、だ。
喧嘩を売りに来たのか、この野郎って思えた。
ああ、思い出した――兄弟子と共に、使者に立ったあたしも其処に居た。
腰の悪い勇者よりも、この皇帝に殺意が湧いたんだ。
「な、なんか大人げない、です...お義父さん」
皇帝の背筋を凍らせた一言。
同年代の中年勇者からだ。
三の王女の惚気た表情とは、非対称な皇帝。
これは怖かった。
「お、大人げ...か?!」
「ええ、はい。ぼ、いや俺も騎乗で腰がヤバいんで...長く、これ以上は動きたくないんです。リーズ王国のみなさんは...この近くで、陣を敷いてたりは...していませんか?!」
軽装とはいえ。
鎧の中に終い切れないその腹は、ない。
その怠惰が腰を悪くしているのだと。
うん、誰も言わないのだろう。
「我が国の勇者が、まあ、こう申しておる。近くか?」
皇帝としてはもう少し騎行を味わっておきたかった。
久々であったし、暫くは戦争もなさそうだ。
王国を騎乗で駆けるなんて、いつかの戦場ぶりとなれば。
「この先に剣星レイバーン・ブラッドフォード卿の陣があります」
この時、兄弟子に代わって答えたのがあたし。
随行してたお爺ちゃんが、親指上げてた。
謀ったな、爺ちゃん!!!
◆
馬車の中に戻る。
吟遊詩人の第二幕“竜殺しの勇者”は、一気に語ろうとすると喉が死ぬ。
序文の長さが冗長過ぎるのだ。
ここを削ると、帝国と王国が接しているように思われて気味悪がられるし。
互いに温度差のある話なので無下にはできない。
しかも、吟遊詩人の間でも――帝国に要請してきた王国とか、勇者が王宮に参上したという表現とで食い違うほどに仲が悪い。大陸の覇権を賭けた超大国同士だからこそ、互いに譲れないものがあるらしい。
本当に、面倒な連中だ。
そんな事より、当事者の河川利用者は泣いてるんだって。
気づけ、バカ貴族ども。