勇者の覇業 1
勇者がこの世界に現れたのは、遡る事、5年前になる。
彼の話によれば、仕事帰りに立ち寄った“赤提灯”なる簡素な教会にて、酒の神に献杯していたら知らぬ間に...光に呑まれたのだというのだ。
まあ、そういう事があるのも稀なんだけども。
神々の声は信心深い者にも聞けるので。
何かに化かされたってことはないかも。
呼ばれた理由は至極単純なこと――神々の手に負えない者が出現するからだ。
この場合は、抽象的なことに“世界にとって不都合な者”としか。
あたしの推測だと当たらずも遠からずで、魔王だと思う。
ただ、あたしの御使いたちは失笑を交えながら、
『どんなだけ目出度い頭か知らんけどな、たかが世襲の魔王、ひとりやふたりに“神々”が干渉しているこの世界が壊れる訳がなかろう!! これらの予言はだ、すべての生物にとって生存権を賭けるべき大いなる戦いに...だな』
言いかけて、主神さまの咳払いがひとつ。
馬面の御使いの退散が感じられた。
もう、言いかけるなら最後まで。
◇
まあ、要するに。
勇者の存在と言うのは、とても尊いものだという事で。
とはいえ、凡庸なおっさんである。
◆
馬車に揺られる事、2時間。
娯楽と言うものがない。
花はあれど、実は無くて――「で、さあ。つかぬことを聞くけど...」
皆があたしの方に視線を集めてきた。
いや、集めさせたんだけど。
馭者のアイヴァーさんは前を向いて!!!
「勇者さまって何をしてるの?」
彼が活動の地としている大陸では、もっと詳しい冒険譚が。
お抱えの吟遊詩人によってアイドルのような偶像崇拝の対象となってた。
いや、もう。相当誇張されてるだろう。
「そっかあ、セルコットは男に興味ないもんね」
ヒルダさんから小馬鹿にされた。
興味が無いんじゃないんだよ、いい男がいなかったんだ。
「いいって無理すんな」
癇に障るなあ。
ムスッと表情に出ているのを笑いのタネにして、
「勇者さまは...御年42歳。脂の乗ったふくよかな腹筋をされてて」
「それ、脂肪とか」
咳払い。
ミロムさんからのもので。
話を妨げるなと、忠告された。
「首と顎の境がなく、それはそれは精悍な顔つきでおられた。えっと、髪は短髪に切り揃えられ、顎から頬には無精ひげ、極めて意志が強そうな太い眉毛は...三の姉君が大層気に入られて、何度も止めたんだけども、聖女になるんだ! 供に旅をするんだと聞かなくてねえ~」
やや諦めがついたのは家族の方のようで。
ヒルダみたいに腕っぷしがあれば、皇帝陛下も納得したかも知れない。
「三の姉君も面食いだから」
「マジで?!」
何かのチャームとか、フィルターが入ってるんじゃ。
「ぶよぶよとした腹と、元の世界での戦いにより、腰に爆弾があると。これらの爆弾の正体なるや、呪術“ヘルニア”と言われ、召喚した神々から“身体強化”と“腰痛緩和”っていうスキルが贈られたんだそうな」
あたしは眩暈が。
そいつは、とんなポンコツな勇者さまだ。
腰が滑ったら、そいつ動けなくなるぞ?!
いや、待て。
マジで、ドーセット帝国の人たちは...大丈夫?!




