旅立ちの日、陽は未だ昇らず
聖都の門近くで、人影をみる。
シグルドさんと師匠の二人が馬車を用意して待ち惚けてた。
「なんだ! 本当に女どもだけで行かせると、思ったのか?」
口は悪いけど、本音じゃない。
師匠らしい気遣いで。
馬車はシグルドさんの懐の方。
「ま、大きなものじゃありませんが、私の組織の者が馭者も手配してくれました」
馭者と紹介された男が、幌の奥から手を振った。
背中だけの挨拶だけど――この人をあたしは知っている。
直感だけど、アイヴァーさんだ。
「でも、師匠?」
あたしの情けない声音にデコピンが。
「聖都の後始末なんざ、太守殿に任せればいい。そもそも俺たちの与り知らない事だ」
確かに。
◇
それでもシグルドさんらの組織から、ハトが飛んできた。
ラグナル聖国の騒動は、宗教国家らしい決着を見せたという――魔女裁判だ。
唆した結社の残党は残らず火刑に処され。
オークニー商会の子供たちから何までも、道連れと言う厳しい処断。
「こんなこと」
あたしの胸は苦しく痛む。
これは自分勝手なことなんかな。
「これは見せしめです」
後輩に難しい顔をさせた。
異端審問官だから、こういう機会は目にしているだろうし。
経験もあるだろう。
それでも慣れることはない。
「うん、セルコットのは普通な反応だ。兄上や私も、上に立つ者として当然、教育の範疇だけど。これは必要悪として割り切って持っている。ミロムも? いや、彼女もセルコットと同じか」
って言われるまで。
ミロムさんの顔は見てなかった。
彼女も苦虫を嚙みつぶしたような、酷い表情だった。
しわくちゃで...
「これ、にが...腐ってました」
渋そうな果物を喰ってた。
えー
「あ、はい?」
ミロムさんは天然過ぎる~
「腐っちゃあ、いないけど。寝かせてたもん喰うか普通?!」
いや。
この流れで喰いますかって。
ああ、もういいや。
「後輩ちゃんや、行先は?」
アイヴァーさんから。
馬車はのろのろと走り出してて、行く当てもなくふらふらと。
「メガ・ラニア公国ですが、この道を戻って左の街道へ出てほしかったです。なんか、久しぶりの和気あいあいとした雰囲気でしたので、楽しくてつい...失念してました」
後輩がしおらしいのは初めてか。
いや、アイヴァーさんの方をちらちらと上目遣いに見る当たり。
やや!! これは。
「詮索はダメだぞ、セルコットさん」
ミロムさんから何かを口移しで貰う。
皆が見ているところでの唐突なキスなわけで――「にがっ! いや、渋ッ!!!」さっきの変な果物だ。
口の中がヒリヒリする。
舌先なんて感覚麻痺してるし?!
マヒって。
“神の賽”が“1のゾロ目”で振られてるし。
滅多に出ないファンブルでひどい目に。
◆
一方、メガ・ラニア公国では。
戦支度の真っ最中にあった。
「篝火が足りぬ!!」
断崖絶壁に聳え立つ王城が、灼けるように輝いている。
銅鑼の音が鳴りやまない夜。
国境の関をひとつの馬車が通過した。
マディヤ・ラジコートのご一行様である。
馬車に飛び乗ってきた、燕尾服の女性――「義妹のご迷惑お掛けしていませんか」和装の男アグラの真横に座ってきた。
「君がこの地に居るとは、これは何かの前触れかな?」
「いえ、滅相も。大した事はないのですが...“目”の者が余計なものを見つめてしまい」
歯切れが悪い。
察したマディヤは、
「同行を赦す。ボクの宿までついてくるといい」