聖都の始末 3
教皇庁を含めた区画の広さは、ネズミがマスコットのテーマパークの数十倍に匹敵する。
教育区と観光区、行政区に商業区がある――聖都の中にある別の国みたいな位置づけで、教育区では全国から集まった神学生の面倒を見ている。
全寮制だし。
男女ごとにちゃんと建物や敷地が別で、おそらく生涯を通しても出会う事すらないだろう。
教育区の目玉には、単に方角にちなんで置かれただけの“高等教育機関”の学校と。
篩に掛けられた、神学研究者か枢機卿にのぼり詰めようとする、野心家たちの為の“最高教育機関”がひとつ設けられていた。
ここで深く説明することも無いんだけど。
紅の修道女こと、あたしの後輩も――女神正教会では、同一の教育機関“神聖大学校”なるもんで学び、異端審問官へと出世したんだという。あたしみたいに別の神を信奉し、女神がそこらの姉ちゃんたちと何ら変わらんと思ってる、不信人者を捕らえて再教育するのが...まあ、彼女たちのお仕事らしい。
そんな押し売りはいらんて。
さて。
観光区についてだね。
ここは、教皇庁の表向きな収入源だ。
バイトとして、若い神学者たちが同宗教の信者たちに“祝禱”を見せることがある。
まあ、これも一つの布教活動なので。
この世界の神様は赦してくれる。
お布施は『王冠があれば、不問に処す』が合言葉。
で、中央聖堂はその観光区の目玉施設である。
庁内の宗教施設としては、幾分か重要度が低いんだけど...例えば、盗人が他人の家に押し入った時、荘厳で目に飛び込んでくるものに気を盗られがちなのが、中央聖堂だと思うといい。
あれは家人の魅せ金庫みたいなもの。
大事な施設は奥にある行政区のほうで。
あたしらが行くことはない。
◇
「首尾はどうだ?」
巡礼者が柱のひとつに声を掛ける。
その裏に、後輩の姿――町娘然として、中流階級に勤めるメイドのような姿。
エプロンドレスには、フリルなどの飾り気がないものだ。
「もう少しオシャレをしても」
巡礼者から見ても、紅との容姿差で服が負けている感じがした。
「いいんですよ。飾り気があると動きにくいんで。こう、ふわっとしてて...」
修道服がローブだから余計に。
巡礼者からすると、
《そこが可愛らしくなるんだから良い事じゃないか》
と、意見の相違がある。
「コンバートル王国を貶めた結社の一翼が落ちました」
巡礼者は粛々と礼拝に勤めている。
隠れている柱の傍にも女神像がある。
獅子の巨大な頭を地に押さえつけた半裸の女性は、左肩から天に向けている。
腕の先には稲妻のような鋭い刃が握られてた。
「この像、なんとも勇ましさがあるな」
自分たちの対象者には慈愛がある。
まあ、恥じらいながら地に膝をついた女神像が多数で。
沐浴の様を切り取ったような、そんなシーンとか。
まあ、やってるシーンも。
「竜を御するとは言っても、使役してるだけで滅するような荒々しいことはない。そう解釈した神学者が新たに興したとも言い切れないのだが...それでも、ここの聖堂にある像は、」
巡礼者がフードの奥から周りの景色を眺めた。
見渡せば、白亜に輝くふくよかだが、どこか屈強な女性像ばかりある。
この土地柄の理想像かも知れないけども。
うん。
一見すると、半裸のヒルダさんでも見ているような気分だ。