聖都の攻防 60 甘くない沙汰 35
老翁は最後。
戦斧の一撃ではなく、彼シグルドを抱え込んで自爆呪文を組んでた。
残りのスタミナと、命の炎で編み上げた術式。
“超新星爆発”
だけど、翁はひとり寂しく死んだ。
脳幹を破壊され、パスの繋がった心臓も切り刻まれて。
兄弟子“蛇目”のアイヴァーさんの仕事だったらしい。
「暗殺者が、真っ向から相手してどうするよ? ここはな...退場したと見せかけてだな」
そうはいうけど。
あなたは一度は本当に退場したんで。
彼の目があたしに呼びかける。
先ずは、その口にチャックな!と。
◇
陣地にひとり寂しくボロ切れのような、あたしが戻って来て。
師匠は腹を抱えて笑ってくれた。
いや、いいよ。
そういう態度もあるだろうし。
現実に。
あたしのセルコットとしての仕事は無かった。
集団に揉みくちゃにされて、それこそ圧死するんじゃないかって状況だったし。
抜けだしたら、シグルドさんに『囮になって惹きつけろ』って味方の邪魔をしてしまった。
「で、今まで何してんだよ」
涙を零して嗤い転げてる。
いいさ、ヒル...ダさん?
「ああ、こいつな失神してるんだ。情けねえだろ、天下無双の暗殺王女さまがだよ」
師匠も大人げない。
妹なんだから、可愛がって。
「ま、それよりも」
ふんふん鼻を鳴らす。
師匠があたしの周りを踊るように嗅いで回ってて。
な、なんです。
「磯の香りもしねえな」
「ここは内陸ですし」
「いや、バカ弟子のことだ。ひとり臆病風に吹かれて...ひと潮、噴いてきたとも考えたんだが」
いやいや。
そんな不謹慎なことはしません。
「火が点いてたから、おしっこで消そうとは思いましたが。あたしでも出来ることってそれくらいしか...思いつかなかったって言うか。でも、火傷しそうになったんで直ぐに水遁の術はやめたんですよ!!!」
ちょっと洒落に乗ってみた。
嗤いも欲しかったけど。
これはもう、自虐で突き進むしか。
「じゃ、お前は巨大な太陽を見たか?」
どこで?
らしく...惚ける。
「いや、バカ弟子にそんな余裕は無かったな」
いつまでも子ども扱いしてくれて助かる。
シグルドさんの肩を借りてガムストンさんも、帰還してきた。
「じゃ、太守殿! 凱旋と行きましょう」
師匠は何もしていない。
でも、これが師匠のデフォルトだ。
◆
結社“金脈”の残党狩りは聖都の守備隊に一任された。
この情報も、マディヤ・ラジコートの耳に入っている。
そして彼は、メガ・ラニア公国の手前“シェロン”交易都市へ入城してた。
人口百万人の交易中継都市である。
聖都での企みが成功していれば、この交易都市に出回っていた聖都の白金貨が、贋金として中傷されて各地の金相場に対し、大きな傷跡を残すはずだった。
マディヤは水煙草を燻らせながら、
「泡沫の夢と消えるか」
呟くだけに留めた。
老翁の手助けは出来なかった。
既定路線の逸脱は見えていた。
「やり過ぎた、だけって言えますよね」
青年の脇に和装の男が立つ。
懐に腕を仕舞いこんで、脇で暖をとる。
少し肌寒く感じた。
「団主は最初から切る考えだった...」
納得がいかないので機密にケチをつける。
盛り上げてくれた老翁は、功労者だ。
その腕を簡単に切ったわけで。
「そりゃ、胸の内に留めましょう」
口に出していい物じゃないと、肩を揉んで諫言する。
彼自身が分かっている。
団主の行動に疑問を持つな。
団主の言葉は絶対である。
でも...