聖都の攻防 59 甘くない沙汰 34
大戦斧を振る直前に、飲み干した薬がある。
空瓶のフラスコがランタンの真下で粉々に砕けてた。
中身はST強壮剤。
一応、認可の降りていない違法ドラッグだ。
今後も認可される事はないだろうけども、闇市場では高値で取引されている代物。
飲めば短時間で、爆発的なステータス改竄の恩恵が受けられるという。
具体的には...
AGI=敏捷性:スタミナの1割を犠牲にして、10分間3倍速く動くことができる。
STR=ちから:スタミナの1割を犠牲にして、都度、瞬間的に2倍近い筋力強化ができる。
また、溜め攻撃にも適用される。
LUK=幸運値:スタミナの1割を犠牲にして、判定のクリティカル引きの確率が上がる。
または、判定の難易度が下がるとみていい。
効果内容を見る限りは非合法でも手に入れたい事由がよくわかる。
でも、このドラッグには決定的にヤバイさがついて回る。
“スタミナの1割を犠牲にして”だ。
薬の効果は10分間。
改竄されたステータスは真っ赤に染まって、気持ちの悪いことに、小刻みに動いて下二桁の数字が上下動して見えることがある。
明らかに良くない事だと理解はできるけど...
現実に摂取した瞬間から、異常なまでの反射神経を獲得した。
老翁だって、20歳は若返ったように体が動く。
けど。
彼は分かっている。
《あと、5いや4分も残ってない...》
この薬剤が非合法であり続ける理由は、依存症と致死率のふたつに起因する。
能力を引き出す代わりに、スタミナの1割を犠牲にすることだ。
ステータスの項にあるST値は最大で1000ポイント。
小さな動きでも、そうだなあ歩くだけでも1~2ポイントは常に消費していた。
これの1割が如何に大きいかは、なんとなく想像がつくだろう。
脳が筋力に限界値を設けている間、全力で走ってもST値は10も触れないようになっている。
ただし、刻み込まれた技の連続使用に限っては、別。
組み立て方次第ではあるけれども。
大技であれば、半分だって使うかもしれない。
じゃあ、ST強壮剤で捧げた悪魔の力はどうなのか。
致死率――熟練の冒険者なら手を出さない理由。
飲み干したが最後、自爆同然の身体強化を得ることが出来る。
ただし依存し続けた者にも、1か10かの違いで訪れる“悪魔の契約”だ。
「呼吸が辛そうだが」
シグルドさんも肩で息継ぎしている。
両人揃って、ボロボロなんだ。
それでも老翁と比べれば、浅い外傷くらいで致命的ではない。
この状態で致命的なのは。
あたしがこの戦いに参戦しなかったことだけである。
シグルドさんは内心、加勢が遅いなあって思ってたことを吐露してくれた。
決戦後に、彼からは触手刑に処せられ、ミロムさんに観察されるという恥辱を受けたんだけど。
まあ、それは...おいおい。
「どうした? 魔界の者よ。お主も息が上がっているではないか?」
咳込む中で吐血してた。
もって2~3分。
動き過ぎだ。
シグルドさんの受け身で、老翁の一撃が軽くなった気がした。
はじき返して、懐が空いた隙に飛び込んで――二刀が胸を貫いた「ぐふふふ、捕まえた...ぞ!!」老翁の青ざめた顔と、見上げるシグルドさんの視線が交わる。
すでに死期が近い。
戦斧が軽くなれば、自然と止めを刺すと見込んでのやり取り。
人間辞めちゃった者の肉体は、魔獣のソレにちかく。
シグルドさんも一瞬だけ諦めかけた、刹那。
「おっと、美味しいところは兄弟子が頂くぜ!!」
なんやかんやで、初めに吹き飛ばしちゃった刺客の人が駆け付けてくれた。
アサシンネームは“アイヴァー”さん。
シグルドさんの兄弟子で、二つ名は“蛇目”って言われてる。
魔狼族っていうイヌ系なのに。




