聖都の攻防 56 甘くない沙汰 31
炎閃の火炎球は、聖都の商業区の約1割を焼失させた。
幸い、これらの戦闘が始まった頃。
師匠の機転により、地域の避難誘導は終了済みだった。
でも、まさか対攻城戦クラスの攻撃が放たれるとは思ってもみなかったので。
放った張本人である、あたしも同じ気持ちで。
ガムストンさんが強すぎて加減さえも出来なかった。
“神の賽”は“5のゾロ目”を叩き出し、クリティカル判定――よって、対攻城戦用魔法攻撃は理不尽の更に斜め上に理不尽を重ねるに至り、口上通りに『我が前に敵は無し、我が背後は焦土のみである』だ。
そうそう、ガムストンさんだけど。
重度の火傷で喉も焼かれて、鼻などの各パーツも溶け落ちた雰囲気。
これでもまだ息はあるけど...
咄嗟に瞼を閉じたようで、眼球が蒸発することは防げたようだ。
いや、でも。
これはもう冒険者は無理っぽい。
いや。
いや。
いや。
いや。
いや。
いや...まだ、間に合う。
あたしは彼を殺す気は無かったんだから。
懐にあった回復水溶剤の試験管を抜き取り、あるだけ全部を彼に飲ませたり、かけたりして再生に努めた。あたし自身にも治癒魔法が出来たら良かったんだけど、こういう時はとにかく歯がゆい。
エルフの村で購入した、ハイポーションも使って祈った。
すると、溶けてた身体やパーツの復元が始まる。
良かった。
ここで“神の賽”が振られた。
判定は“3と6”で9の値――ちんちくりんの天使たちが舞い降りてきて、何やら軽快なラッパを奏者してるんだけど、何かありました?
《おめでとう! 今宵、聖夜の贈り物を授けよう~♪》
観光誘導のような旗を振るチビデブ天使。
履いてるような、履いてないような...微妙な角度で腰を捻ってる不思議な全裸中年が。
自分は天使だと言って白い羽をまき散らす。
「何の冗談で?」
『いや、今、キミが賽を振ったでは無いかね。その結果、今宵のサイコロ賞が決定したんだよ...ズバリ! 5等の当選、ハイ、拍手!!!!』
誘導する半裸の天使が唱え、
周りの天使たちも、やや“これは仕事だから仕方なく”みたいな表情で拍手してた。
うん、もちろんカチンとくるし。
サイコロ賞が地味すぎる。
『盛り上がらないなあ...5等の当選だから舐めてるのかな?』
「いあ、これ(天使たちをひとり、ひとり指さしながら...)他の人たちには見えてるんですか?」
チビデブ、やや禿げた天使が小首を傾げた。
『いや、神から授けられた“遊び道具”を持ってる君だけにしか見えてないけど、今...凄く失礼な紹介しなかった? ボクのこの素晴らしいヘアスタイルは、愛しきマミーに整髪して貰ってるものなんだよ、ちみ!!!!』
マ、マミー?!
ってことはマザ...
『むむむむ!! 先ほどから失礼な子だ』
誘導員の顔が歪む。
ここではっきりしたことは、天使のような超越者も、感情によって心の余裕がなくなるという。
で、もうひとつ。
その怒りを買ってもいいことはない。
誘導旗で痛くは無いけど、唐突に頬を往復ビンタされた。
「で、...そ、その5等の商品は?」
痛くは無いけど。
頬が腫れたのは不思議だ。
ここで神の賽は振られなかったのも意外だけど。
そこでこそ、判定を!!!
『5等は、そなたが殺し損ねたその者の...快癒とする判定だ!』
ガムストンさんの怪我は重傷だった。
彼自身の奇跡や運、他にももろもろとした功徳などをかき集めても、生存に振れる針はごくわずか。
あたしの治癒剤でようやく生き永らえたトコ。
さて、ここからが問題だ。
暗殺者殺しのムーブでは、予定上...仲間を殺す、寝覚めの悪いことはするつもりが無かった。
結社を追い詰め、彼らを捕縛して太守に引き渡すような...そんな正義の味方っぽいムーブになる筈だったんだ。
そもそもあたし的に今――なんでこーなったんだーって、胸中は泣き叫んでるとこ。
もう、脇汗から股下の方もびしょびしょで。
ミロムさんにバレたら...
「あら、あらあらあら、あら...」
微笑みながら風呂へ直行に違いない。
匂い出てませんよね?
臭くない?
臭くない?!
『心の声が煩い!!!』
天使たちに怒られた。
『よって、このプレゼントは即時行われる! おめでとう~』
「あ、ありがとう」
淡白に返答したら、天使たちはかき消えてた。