ちょっと前の、地下闘技場で 1
どんな街にだって闇みたいなところはある。
王宮のある王都だって、下町みたいなとこもあれば、繁華街から歓楽街、ちょっときな臭いところとか。
港街クリシュナにも、ね。
港湾区画は、商人たちの事務所と交易品を一時保管する倉庫がある。
港の外に停泊させた大型船から、積み荷が載せ替えられて桟橋を埋め尽くす。
陽が昇る前から、日雇いの男たちは活動を開始する。
男たちの手配は労働組合が請け負っていた。
こちらは冒険者のそれとは毛色が違う。
口利きが希望者をひとまとめに集めて、ギルドへ日数単位で紹介する。
大半は、日ごとに顔ぶれが変わるものだから――『見た顔がある』なんて記憶に残りようもない。
そうした日雇いの連中が溜まる場所と言えば、飲み屋か娼館かになる。
飲み屋は奥で賭博も経営し、客の大半はここで文無しになる仕組みだ。
そして、また。
働き口を求めて、さ迷い歩く事に成る。
◇◆◇◆◇◆
歓楽街の奥には半地下と呼ばれる地区がある。
観光客が面白半分に訪れる事もあるので、治安が酷く悪いってこともない。
が、やっぱりソコはアンダーグラウンド。
安全なわけじゃあない。
入り込んだ観光客が身包み剥がされたって被害届は出るもの。
守備隊は「殺人でもない限り、手出しのできない地区です」と、本腰を入れない地区。
ま、観光客の泣き寝入りで終わってた。
領主と教区長とで癒着があれば、守備隊とギャングたちにも似た絡みはあるだろう。
その半地下には名物とする“地下闘技場”なる娯楽があった。
小遣い稼ぎなら、誰もが参加できるフリースタイル。
大きな金が流れ、動くブラックスタイルの二通り...。後者は会員制だったんで、情報は少ない。
ファイトクラブの跡地に人影。
おかっぱのサラサラヘアに、朴訥そうな少年風の剣士がそこに立つ。
祭りの後は――何日も開催されていないような静けさで。
残る血の跡も随分と乾ききっていた。
「領主たちが拘束されたのは2、3日前の筈。...だが、この閑散とした風景はなんだ? まるでここしばらく何もなかったような...」
ひとりごちてたら、奥の方で音が聞こえる。
風が吹き込んで何かを叩くようにも――。
とりあえず、ポール・ロイドは最深部へと歩き出す。
地下闘技場への道は複数あった。
協会の調査員がそれぞれの道からアプローチして、大広間へと導かれた。
ポール以外は未だ、大広間での調査中である。
《何を探す? 目につくものであれば、何でもだ》
目的がなく、アテもない訳じゃ無い。
“妖精の粉”の正体である。
領主たちは、うわごとの様に『舶来の薬を用いて』と唱える。
誰が持ち込み、誰の指示かは口にしない。
《記憶の改竄は考えられる...秘密結社をほのめかし、末端が末端と思わない何かを施す...》
物思いにふけりながら歩いてたが、
ポールが視線を上げたところで、音のするところから逃げる影をみる。
咄嗟だったが...
◆◇◆◇◆◇
駅馬車の案内係だった者の変死体がみつかる。
銀貨を握りしめた形で、半魔化してたというのだ。
「これは例の“粉”ですか?」
遠巻きに死者をみているのは教会と、協会。
吸い込まないように対策は取っているけど――「ちょっと待って! なんで、あたしだけ防護マスクに手袋とか、えっと装備無しで死体の傍へ引きずり出されてるんで?!?!」って、頭を抱えたくなる状況。
これ、人権問題。
いや、エルフ族として正式に抗議したいと...
「姐さんは、耐性持ちですし」
「いや、納得できない!」
「困りましたね」
神父さまが目配せすると、わりと重そうな鞄が放り投げられた。
協会側もうっすい表情で監視してるんだけど。
何かに諦めた様子で、
やっぱりそこそこ重そうな鞄が、教会の横へ放り投げられた。
「えっと?」
「そこまで取りに行くのは、姐さんです」
ちょっと待って。
考えさせて...
金をやるから、死体検分を任せる――は理解した。
けど、報酬、報酬の受け取りって手渡しじゃ...
「セルコットさんに耐性があっても、その手は触れません」
同じ空気も吸えませんって事じゃんか!!
それは、差別ぅー
「姐さんが川で禊したら、ちゃんと慰めてあげます」
むぅー。




