聖都の攻防 54 甘くない沙汰 29
「さあ、最終決戦といこうか?!」
えっと、これって何の為の戦いなんでしたっけ。
◆
奔る馬車の上に人の気配。
天井を仰ぐ和装の男と、気づいているけど瞼を閉じて黙する青年。
気配のそれが、するりと戸口にまで降りてきて――「旦那、報せです」アグラは、戸口の人影から渡された紙片を手に取り彼に渡す。
紙片はふたつ折りにされてはいるけど...彼自身が、その中身を見ることは無い。
また、青年の膝上には燕尾服の少女が寝ていた。
寝返りを打ってキノコの方へ顔が動く。
やや、バツが悪そうに――ちと、少女の向きを変え直してた。
「...金脈の下に“金色”が居たそうだ」
馬車の中では驚きの口笛が吹かれた。
その報告は少し意外だったようだ。
「金色と言えば、金貨の数だけ首を狩るとか...ある戦場では、敵陣のど真ん中から大将首を引き千切ったとかで有名な殺し屋だったよな?! 俺も一度でいいからそんな強者と戦ってみてえぜ」
アグラ瞳に修羅の火が灯る。
「帝国式と対峙して彼らの矜持“決して敵に背を見せず”に挑んで退かせた猛者、にわかの剣豪風情に適う訳はないのです!! 大人しくマディヤ様の剣として砕けるまで使い倒されるのです」
首が痛そうな態勢の少女から、冷や水を浴びせられる。
緊張を強いられたゴムまりの如く青年の股間へ首が戻った。
いあ、再びきつい態勢へと追いやられ...
「痛いのです!!」
青年に泣きつく。
心優しいのか、或いは単に悪魔的か。
頭を撫でるマディヤは...
「ボクは、あの連中から一度も“金色”の名を聞かなかった。切り札の一つだと考えれば、身内でも明かす必要はない。だが、彼らがただの商人では無いことは、結社に通じている各首長たちも知っていることだ。かつては荒仕事の武闘派たちだってことで...並みの冒険者なら確実に排除できる実力者」
自分たちの武力を奢らないという姿勢なら、それはそれで素晴らしい。
と、同時に壊滅するのも惜しい。
「掛け違えたボタン穴のように、俯瞰してみたらちぐはぐでしたってのはあるもんです。派手に動きすぎてあちらに感づかれた...ま、例の港町からずっと、変なのもいるみたいですが...ね」
魔法詠唱者協会の冒険者たちのこと。
これ、あたしたちの事じゃなかった。
「大陸からの因縁か」
アメジストの本体は未だ、大陸にある。
けど、その手足たちは聖都や各王国に散ってて、結社たちの利のために奔走している。
マディヤも、メガ・ラニア公国へ向かって急ぎではない馬車の旅にあった。
「まさか追跡されて?」
青年の腹に顔をうずめる少女。
宿泊予定の宿場町を通り過ぎて、逗留予定のなかった隊商宿に潜り込んでいた。
◆
穂先が見えないほど素早くしなる槍を前にして――。
あたしは頭の中身を空にした。
まあ、色々考えたところで使えるものは、そう多くはない。
例えば魔法。
火属性しか使えない以上、身体から水分が抜けきるまでの僅かな時間で一気に決めるか。
或いは、獲物を変えるか。
あたしの場合、ジョブチェンジは一度もしていない。
バカの一つ覚えのように“火炎球”しか使えないから、その魔法だけにすべてのリソースを注ぎ込んで昇華させた一芸のみ。となると、フィジカルポイントは知力や精神力に全振りしなくてもよくなる。
いや、高ければ高い方がいいけど。
走ると歩いてる犬にも抜かされるような、体力のない子には成りたくない訳で。
魔法使いなのに盗賊や斥候、或いは拳闘士みたいな能力値へと。
あとは“神の賽”によってファンブル以外ならボーナス加算で、ほら、専門職の方とどっこいに。