聖都の攻防 53 甘くない沙汰 28
オークニーの大老の前に若い商人が身を晒した。
手には獲物の長剣が握られてて。
「ふふ、そんなにはっきり切り捨てられると...交渉できないじゃないか」
小剣との相性はやや不利。
相手を懐まで飛び込ませないなら勝機はあるんだろうけども。
対峙すると、力の差は歴然だと知覚した。
ああ、これ俺死んだわ。
って、死にざまが脳裏に広がってた。
「...だけど、結社の長としては下がれねえなあ」
首を狙った一撃を弾けきる。
仰け反った身体は胴の周りがガラ空きとなってた。
飛び込んだ同僚が、横に跳んで回避。
「ちぃ、マジかよなんて瞬発力と判断力だ!!!」
長剣の斬撃は残ってる状態で利き腕は伸び切っている。
それでも、胴を狙った同僚の頭の位置に切っ先が伸びてた――「キサマも二刀流か!!!?」
首を傾げられて。
「さあて」
◆
一流の冒険者vs暗殺者殺しの対峙。
んー。
やっぱり、この構図はおかしい。
なんで、あたしはガムストンさんと戦ってるんだろう。
上階の方では激しい剣戟が聞こえてくる。
単純な武力なら、猟犬は恐ろしく強く、化け物じみたタフネスさがある。
上方の相手も、相当な手練れと感じる。
距離を詰めかねているガムストンさん。
彼は自身の腕鎧を外してた。
「ああ、火傷か?!」
相性が悪いと再確認したようだ。
太い首から鈍い骨の音が聞こえる。
いや、その音って今...折れた?
「軟骨を鳴らしてるだけで折れちゃあいない。心配、ありがとうな...金色の」
「う、うむ」
やや鼻で嗤われたような気がした。
やっぱり炎の攻撃で、あたしだと身バレしたかな。
「俺はこの拳ひとつで身体を張ってきたが、拳闘士になる前は...これでも騎士だったんだぜ」
あ、うん。
冒険者でいられる時間は短い。
だからこそ一つの職業を、限界の更に先まで伸ばす傾向にあって、転職はあまりお勧めできない。
けれどもそこに例外がある。
ケースとしては過去を棄てた場合。
と。
自分探しのケースがある。
拳闘士が刃物を使わないことはない。
使わないという思い込みはよくない。
けど...剣士や騎士のような捌きの冴えが無いんだよね、彼らのでは。
ガムストンさんは、床に刺さった槍を握る。
え?!
「目の炎にも表情があるのか、まったく面白いヤツだな?」
咽る、あたし。
追い詰めたと思ってた。
騎士にジョブチェンジしたところで、にわかなら相手じゃないと。
奢ってたのは、あたしの方だ。
「ん。まあ、こんなとこか」
ひゅんひゅん風を切って奔る刃は、切っ先が見えない。
準備運動のための模擬演武。
あたしの心の中で“神の賽”が振られた――出目は、6と4の10。
ファンブルじゃないけど、ギリ回避ってとこだろう。
幻術で耳をエルフらしからぬ種族に変えているけど。
その下を今、切られた。
掠っただけだと思うけど...ヤバイ、見えない。
「ふ、あれに反応して見せるかね?」
「傷を負わせるか」
傷口を炎で焼く。
応急処置――帰ったら速攻で治癒水溶液を呑まないと、みんなにバレる。