聖都の攻防 48 甘くない沙汰 23
例えば、ひとつの演劇があるとする。
幕が明けて、晴れ舞台に立った役者たちがあるとする。
あたしらはそう、端役だ。
客はあたしらの事なんて気に留めてない。
主役たちの袖に右往左往している、黒っぽい何かみたいな。
ヒルダさんの魔力乗せ斬撃は、魔力で補強された館の一部を力任せに吹き飛ばしてた。
うーん、この一撃が主役――つまりは、結社の長老らを追い詰める――シグルドさんらには、当然、当たらんのだろうと思われる。だからぶっぱしてもと、思ってた奔目に猟犬のひとりが彼方に消えた。
あれ?!
えええ?
「あて、ええ?!」
咳ばらいをひとつ。
「よせ、被害が大きくなる。このゴリラ娘が!!」
金色のムーブは口が悪くなる。
そういうロールプレイングだってことは分かってたけど。
今までの雑魚会敵は、これで凄むだけの簡単な仕事だった。
「ゴリラ?! 誰が...」
ヒルダさんの目に殺気が。
今まで以上である。
彼女のボルテージが上がるとオーラの色が変化する。
まあ、ひとつの同じ檻の中に、ライオンとネコが入った雰囲気である。
それが何を意味するのか。
あたしが3枚に...おろされるという事だ。
やっば、死亡フラグきたー!!!
◇
動揺を見せるのはプロではない。
ここは、顔に“認識疎外”の魔法をひとつ。
帝国式と王国式の剣術は、どの国のどの流派ともに一つの基本で成り立つ。
鍛え抜かれた体幹だ。
本物に似た、幻覚以上の幻覚を見せてやれば――効いてください、神様あー。
「ど、せっい!!」
ヒルダさんの力任せの大振り。
剣圧だけで周りの兵士が吹き飛ばされる。
うん、これ食らいたくなああああいぃぃぃぃ。
局所的条件の“足場崩し”、魔法使いたちの間では“なまず”と呼んでいる。
船酔いにも似た気持ち悪さと、腰から滑るように力が抜けるので――地震で地滑りでも起きたかみたいな表現となっている。初見殺しの技でもあるんだけど、分かっていても防ぐのに難儀するもののようだ。
あたしは生来の“状態異常無効化”によって酔ったフリしかできない。
ヒルダさんの体幹が崩れ、剣圧も抜けた。
そこへ、大剣の真横から裏拳を当てる。
ま、難しいことじゃないけど。
あたしの腰に提げてる小剣は流石に見せられません。
とくに帝国式七法なんて、それぞれが達人を生み出せる頂きがあるのに。
その一つしか極めなかった帝国の姫君にだ。
あたしの剣は、正体を明かすに等しい。
「う、裏拳?!」
ヒルダさんから女の子らしい悲鳴がもれ。
いや、あれ違ったかな。
「うぎゅ」
用具部屋へと飛び込んでた。
何度も開け閉めしてた部屋だったし、えっと。
良かったね、入室できて...だっけ?
「さて、紅の...キミは、そんなシャンデリアの上で何を?」
いやほんと、マジで何をしてるんです? 後輩ちゃん???
「ふっ(勝ち誇ったようなすまし顔、前髪を2本の指で払い除け)...っ、ここにあれば貴様の幻術など喰らわぬであろう!(殺意に満ちた視線と、しもやけにかじかんだ指から伸びた氷の刃)どうだ、これは完璧だ。当方、天才の頂に立ったという事だろう」
可愛い。
めっちゃ、可愛い。
え、そんな表情もするんだ。
「うん! いいねえ。ゴリラもといライオン娘の剣圧に飲み込まれんとして、足掻くために逃げ込んだ先としては重畳である! 認めよう、少女よ君は可愛いぞ!!!」
最後の締めは、あたしの本音が飛び出してた。
ああ、やっぱり引いている。