正教会と、魔法詠唱者協会 3
魔法詠唱者協会の宗主の外見は、老人だ。
腰が痛いとか、膝が、背中がと弟子らの前ではジジイであることをアピールする。
ジジイを装うと得点があった。
そう、誰もが“優しく”してくれるのである。
この爺さんは猫かぶりである。
ひ弱なとこを魅せることと、その真逆に対して人はおよそ、ハートが鷲掴みされるらしい。
魅了された人々は、彼を外見以上に好意的に感じるようだ。
これが種明かしだ。
このジジイ、キャバクラに行くと豹変して、若いエキス吸いとかいう行為に走る。
(後輩もあたしのを吸いたがるけど...それって流行ってるんだろうか?!
この間、ぎっくり腰になったのも10代の少女の聖水を浴びて後、桜貝とアワビに戯れてたら――たしか4Pの3巡目とか。ご機嫌なのはいいことだけども、魔法使いの長老なのだから恥と外聞というのにも気をもんでほしいと思う。
◇
「それ、ただの下種じゃん」
あたしの一撃に、目の前のジジイがよろけかけた。
宗主の見た目は、幻術の類でなければ100歳以上の老体に見える。
三角のつばが長いとんがり帽子。
魔法使い然としていて、実にイメージ通りの雰囲気がある。
見えているかも怪しい細い目と、眉足の長く白い毛と口ひげはセットで、老人だと印象付けている。
極めつけは指の細さと、豪奢なローブだろうか。
この姿を見えれば、魔法を行使しなくても職業が分かる感じだ。
「このお嬢さんは、口が...悪いの?」
倒れかけた上体を、杖と膝で踏ん張って辛うじて繋ぎ止める。
それがとても不可解だった。
ここまで来るのに、足腰が...
手を引かれてた。
トッド君の肩も借りてたような気がした。
「そうですか、聞いたまんまの感想です」
これは手厳しいと笑い飛ばし。
ジジイは革袋を長机の上へと放った。
硬い木の一枚板で作られたものの上に金属が叩きつけられた。
音は高いのと鈍いのが同時に聞こえてた。
「これは報酬じゃが」
物事には、だいたい続きがある。
眼光鋭くジジイは、
「追加のクエストをお願いしたい」
やっぱり来た。
「メイジ・アソシエーションは、この王国でも日が浅く、加入している魔法使いの大半が、本来ならば、その機会さえも与えられなかった者たちばかり――」
魔法使いになるには、
ひとつ...血統か種族、出自が確かである必要がある。
ふたつ...守護精霊や守護神の声が聞こえるものとする。
みっつ...“炎の柱”で適正試験を受けなくてはならない。
と、定められている。
平民でも条件のひとつ、出自を金で解決するものがあるのだけど、大成できるかは結局のところ本人次第であると言えた。
「――我が協会では、幼少時分から師を付け、制御と訓練を課すよう努めている。とはいえ、平民出自の魔法使いが名を馳せるには、より一層の努力が必要となり」
「そうでしょうね」
ちょっと他人事のように合いの手を入れた。
だけどそれが現実だ。
伴として来た後輩の“紅”だって同じように頷いている。
「ふむ、よって...冒険者へと身を置くものは少なくはない。だが、身内である協会の子らが、ギルドの門を叩き、そこで活躍するのは喜ばしいことである。ただし、今回のように魔法使いのせいだと思われるような奇怪な粉にまつわる事件は見過ごせない」
宗主としては、教え子たちが巻き込まれたと示唆している。
王国に直訴するにしても、日が浅いを理由に邪険にされてた。
これは教会への協力交渉でもあるようだ。
「しかし、自分たちで公言なさっているように。...日の浅い組織を、どうやって教会が信用できると思って居られるのでしょうか。“妖精の粉”そのものは、本来、錬金術で生成されたものでありますが、教会でも状態異常緩和に用いる“秘跡粉”として販売しています」
後輩があたしを差し置いて前に出た。
が、宗主の顔が曇ってる。
じっと、あたしをみつめ...
「これは試用期間めいたもので...どうだろうか?」
「あ、いや、こちらも情報の開示はやぶさかではない。なんなら、こちらだけでも舞わぬが。協会らが信用できると思ったのであれば...セルコット・シェシー嬢を仲介人として、手を組んでみないだろうか?」
教会と協会でのタッグではなく、
異端審問の立場もある“紅の修道女”と“フリーな冒険者”でつながる。
後輩の後ろには正教会があるから...先ずは、彼女に信用されればいいのだ。
結果はあとから。
うん、うまい。
ただ、なんでこの宗主の爺さんは...あたしの下っ腹を見ているんだろう。