聖都の攻防 42 甘くない沙汰 17
闇夜を切り裂く風の音。
ええ、ええ。
そうですとも、それは矢。
騎馬民族が愛用する小型だけど、強靭な張りを有する馬上弓。
取り回しがいいから、家屋とか狭い空間から射抜くのに最適という代物。
とは、言っても。
ぽんっと、渡されただけで馬上弓を取り回しのいい武器だと考えられる兵士は少ない。
いや、中には天才とか。
変態なんてのはいる。
だから、新しい武器が生まれる訳だ――石弓の性能は、人の力では引くことが出来ない張力を機械的に引くことで実現する貫通性能である。今のところ、大陸に多くの石弓があるんだけども、子供のようなものでもその機械が動いたという話は聞かない。
改良の余地はまだある。
が、短弓や長弓、馬上弓もそこそこの使い手が必要なのは変わらずといったところ。
でも、オークニー商会に立て籠る連中は、商人たちだと聞かされてた。
厚手の皮と、平たく伸ばした鉄に青銅の合金で作られた盾を掲げる連中の間からこっそり、あたしは覗いてみた。弓の射程はせいぜい50メートル未満――矢の長さも取り回しがいいようにと、少し短いように思えた。
「馬上弓は、馬の背の上でも安定して射抜くことが出来るように、弓の大きさが短弓よりも小さく、頑丈に作られている。部族や戦場によっては、矢の重さが違うものまであると聞くが...」
シグルドがあたしの傍らに来る。
師匠の方へ視線をむけると、彼の姿はない。
「あ、あれはな。この対峙で前衛が倒れたのを確認したら、太守公の方へと早々に下がっていったよ」
まあ、それは正しい判断だと思う。
あたしがどこかの王族出身だったならば、自分の命は自分で守るだろう。
いや、出自に関係なく...自分が一番可愛い、それが人の本性なのだ。
「いいえ、構いませんよ」
「太守公に進言して、部隊の展開位置を少し後ろにさせよう」
シグルドがそう告げた後、
あたしは盾の傘に守られながら退きはじめ――「全軍に通達!! 太守公の下命により最前列の展開を1段詰後方まで下がるよう申し伝える!!!」――って下知が飛んだ。
不思議そうにしてたら、ヒルダさんからのウインクが飛ぶ。
ああ、師匠が気を利かせたのか。
あの人も兵の命を思う王侯貴族様だったのか。
「いや、俺サマはもう少し後ろに居ないと危ないと思ったわけだ。馬上弓の中には短弓よりも投射の飛距離に優れる射撃法があると聞く。ふんむー、そんなもんが太守陣地に降り注いでもみろ!! 俺サマの甲冑に穴が開いて泣いてしまうのだぞ!!」
あれはヒルダさんの謝罪だった。