聖都の攻防 41 甘くない沙汰 16
聖都にあるオークニー商会の施設は、
商業区に商会館があり、小店を紹介する事務所が兼任されたちょっとした砦のようなものがある。倉庫街区には勿論、商会が手配した6棟の大蔵があって、居住区には会長と従業員たちの本邸――彼の表向きな家族が生活している地があった。
そのすべての施設に仰々しくも、守備兵が立ち対峙する。
何も知らないのは、表向きの生活である側の人々だ。
当然、ユリウス・オークニーの3人の息子、2人の娘、先だった妻は天国から。
孫は長男と、三男の方から男6人、女3人くらいはあった。
それぞれの家も敷地内にあって――心配だからという理由じゃなく、世間体を気にしてた。
結社からも、聖都の人々からも妻の連れ子なのに、男手ひとつで育て上げたという、聖人めいた評価が欲しかったからだ。
ユリウス殿は立派な人物だ、と。
まあ、ちょっとやり過ぎた感はある。
◇
さて、居住区の方は高級住宅の立ち並ぶ地でもあって。
守備兵のひとり、ふたりでも目立ちすぎる。
そこへ大挙して――振り分ける兵数が少なくて他の地より、100人隊しか差し向けられなかった。
事前情報では、邸宅には“家族”しか居ないという話。
結社の者が完全にゼロという事はない。
「これはどういう事だ!!?」
家令である男に長男が詰め寄る。
中2階の小窓から見えた光景で、物々しい状況を知ったクチだったが、家令は平然としてた。
取り乱す様子もない。
「その落ち着きよう...」
「ええ、存じております。旦那さま個人のことに御座いますれば、ご兄弟様ともども一つの部屋にて静かにお待ち願いますれば、こちらも幸いでございます」
騒ぎ立てれば、容赦はしないという意味。
結社“金脈”は戦って果てるを選択した。
家令たちや館の使用人も、半分くらいが結社の者である。
で、無ければ秘密など脆くも露見するだろう。
家令は鼻にかかるメガネを押し上げる。
下がってた訳じゃないけど。
これは彼なりのギアの入れ方――だって、ただ真っすぐに立っているだけなのに。彼の脇には黒い鞘のブロード・ソードがみえるんだから。
外が光ったように見えた。
篝火よりも鋭かったように感じて。
思わずいい歳の長男が悲鳴のような声を挙げてた。
「わたくしが、家族方を害するような真似は致しません。が、騒がれるとこちらも容赦が出来なくなるのです...これから後始末もございますし」
30も後半の男が抜けかけた腰のまま、とにかく仰々しく叫びながら階段を上っては滑り、上っての小さなコントでもしながら逃げ帰る――父親からこの部屋からは出るなよと、言い聞かせてた大広間へと戻ったとこだ。
家令は固めてた髪を雑に解す。
「やれやれ、白手で隠してきたこの腕も。ようやく血の匂いが消えて、茶のひとつも満足に淹れられるようになったというのに...この年齢で再び長剣を取るとは思いませんでしたなあ、皆さま方?」
扉が蹴り破られる。
蹴破ったのは中から家令の男から。
丁度、今、空から雨が降り出した頃である。
◆
本降りになったのは、篝火を点けた1刻すぎ頃。
全施設に配置された兵の数は3000余り――居住区に100人、倉庫街に1000人、各街道に900人で、商会館に1000人用意した。
商会館側には、あたしとあたしの愉快な仲間たちに加え、魔法詠唱者協会から派遣された凄腕もある。
まあ万全と言えば、万全。
このまま何もなければの話。
んなあことは、ない。
そもそもあった試しがない。
細やかな抵抗くらいはあるだろうと予測はしてた。
その予測の範疇が、あたしらは甘かったんだわ。