聖都の攻防 38 甘くない沙汰 13
その日の捕り物は、やや血生臭いものとなった。
死者21人、負傷10人、逃走9人、投降11人――この投降の中に昏倒した商人も含まれる。
逃走した9人は結社によって誅殺されたようで。
夜が明ける頃、水死体として発見された。
だが、結社としては致命的な汚点となる。
小物だけど、商人の賄賂先は笑い話では済まされない。
「やはり法皇選挙にも細工されてた、と?」
次代法皇へと戴冠せんとする枢機卿が息を吐いた。
まあ、そんな気がした。
「不正の証拠がこんな小物では...いささか弱い気もするが」
しかし、結社の資金が今、太守館の宝物庫で眠っている。
これは揺るがない事実。
危険を冒してでも回収しなくてはならなかったことからも明白だ。
やや、都合がいいとは言えなくもない。
◇
血生臭い捕り物から逃れた師匠は、あたしが主婦している家に転がり込む。
いあ、企みは成功したのだからもう、夫婦ごっこはしなくてもいいんだけど――「よう、帰ったぞ! アネット、晩御飯はできてるか?!!」――ってな調子で転がり込むと、あたしの腰にしがみついて何やらせがんでくるというか。
あれ? これも演技なのかなと。
新婚さんなら、せがむ夫には「いやよ、いやよ」と拒みつつも、まさぐられるのは覚悟の上ってヒルダさんも言ってたが。
「あ、だ、旦那さまあ...」
あたしの役、アネットの設定には旦那ローゼンとの肉体関係は無い。
彼に無理やり村から連れ出され、右も左も分からなかった彼女に手解きをしたのは、悪友のシグルドだという設定だった。
と、すると...これは師匠のアドリブか?!
「ツレない反応は止せ。俺とお前の間になんの障害があろう!!!」
あ、うん。
まあ、確かに。
甘え方が可愛らしいとも...思えなくもない。
ミロムさんの性癖に刺さりそうなシーンのような気がするけど。
殿方が、腰を掴んで引き寄せたり。
背中に覆い被さったりするのは、郷の父が母にやってたのを思い出す。
首は傾げたまま。
「どーれ、晩飯の前にひとつ...」
あたしの乳房に師匠の手が。
うーん、がまんがまん。
「おい、妹よ! この遊びはいつまで従えばいいのだ?!!」
ローゼンを演じてた師匠が、師匠らしくなる。
しかもいつもの毒舌で「貧相なもんを触ってしまった」との言葉。
借家の家具がギリギリと音を立てて動かされ、わらわらと人影が現れる。
「こらえ性の無い兄上さまです!! わたしの演出に従ってセルコットさんに男性恐怖症の克服をしてもらうつもりでしたのに...」
いや、まあ。
異性に対する恐怖はあるけど。
怖くて息苦しくなるとか、そういう恐怖心とは違うんだけどね。
「こらえ性って言うな!! 弟子の裸体を見たことあるか?!」
「え、まあ。同性ですし...サウナくらいは」
「ま、そうか。ヒルダも女であったか」
殴られた。
グーで握った拳は、陥没するくらいにだ。
「アホですね」
「アホな兄上さまです」
なんと言うか、今ので何をされてたのかも吹き飛んでしまった気がする。