聖都の攻防 37 甘くない沙汰 12
そして、時は元の時間軸へ。
遠巻きにランタンの灯りをぼんやりと浮かべ。
こう、腕つかって大きく“円”を描いて見せる。
太守館の城壁の裏手には、都合よく衛兵の姿が無く――「普段は、このあたりに警備の2、3人がいるんだけど。理由あって貰った金貨でひとつ賭場に行ってもらってる。...んー、まあ、なんつうか守銭奴の俺がカネを渡すのは不自然だと思って、嫁さんにちょっとな」――と、ローゼンが何も知らない態の素振りで、後頭部でも掻きながら傭兵らの引き手になる。
不自然に思ってた傭兵たちも。
ローゼンの言葉には自然と納得したように。
「なるほど、案外、あんたもワルじゃねえか」
感心してくれる。
いや、警戒心が急に無くなった。
小物の商人は、全身黒づくめの外套を頭から被る。
やや、悪目立ちしている感はあった。
「もっと普段通りにすればいいのに」
シグルドのぼやき。
相棒であるローゼンは、肩をすぼめて。
「いやいや、旦那のご配慮痛み入りますよ。ほら、あれ、あれだ! 少しでも目立たない様にしてくださっているのさ。傭兵の旦那衆もわざわざ金物類を脱いで来られた」
なめし皮の鎧くらいは着ているし。
その下にはリングメイルだって。
ただし、ローゼンの言のように、細心の注意は払ってた。
その証拠に――「この門は内側からこちらの手合いで守らせてもらう」
50名近い傭兵から、5人ほど離脱する。
門番のいない城門の物騒なことは無いし、仮に他の衛兵に見つかったとしても、逃走経路である門さえ死守できれば結社と繋がりのある商人だけは、逃がすことが出来る算段だ。
ま、傭兵たちはこの死地に赴く前、死を覚悟しての儀式は済ませてある。
「まあ、お好きにどうぞ」
ローゼンは小首を傾げる。
◇
さて、一行はシグルドの灯したランタンとともに進む。
太守館と宝物倉庫との導線は無い。
いや、地上では繋がっていない。
宝物倉庫は裏門から2つの門の中にあって、袋小路なつくり。
聳え立つ絶壁のような城壁の上部に小屋がある。
「あれは、矢を射かける櫓ですね」
ローゼンが告げた。
倉庫の屋根に上っても、櫓へ飛び移れそうにもない。
と、同時にかの小屋からは丸見えと言う構造――宝物に目が眩んだ賊は、裏門からほぼまっすぐこの袋小路へと向かう。其処へ待ちかねたように矢を番った弓兵が、櫓から射かけるのだと考えると...背筋が寒くなった。
「しかし、ここに運び込んだ宝物は溜めるだけかね?」
商人の好奇心。
持ち出すとなると、いささか不便のような。
「いえ、裏手から入ったが故に袋小路に見えるだけで、守備側からすれば見えないところに導線があるんですよ。例えば...」
と、シグルドが傭兵の右わき腹あたりに指を差し向ける。
鈍く光る穂先がぬっと。
ぐうぁあっ
なんて男の野太い声が闇に木霊する。
商人は足をもつれさせながら、荷駄車の上に転げ落ちた。
打ち所が悪かったのだろう、そのまま失神してしまったようだ。
「は、謀ったなあ!!」
「ちと、古い手だが。ここまで踏み込んだあんたらが間抜けって事で駄賃はいらねえぜ!!!!!」
シグルドも腰に提げた両刃のショートソードを抜いてた。
ローゼンの方は、倉庫街の闇に溶け込み退散。
師匠、何してんの。