聖都の攻防 36 甘くない沙汰 11.5
「で、ローゼンと言う男はどんなものだったか?」
商会長が漸く、元の路線に戻ってきた。
太守との交渉次第でしか村との商いは難し。
こと“紙”についてはだ。
いや“紙”は太守領にとっても金策の術であるから領内の商会以外に流れることはない。
と、考えを巡らせた後――羊毛取引か、或いは投資して新たな交易品の開発に尽力すればいいと、思い至ったのだ。商会長としての長い人生から見出した、商会の再起点といったところか。
ま、その間は羊毛で食いつなぐわけだが。
「村に居たのは18年まで。新妻も同じ村出身の娘でして...太守公の従者から騎士へ抜擢。その流れで娘を迎えに行ったという流れのようです。まあ、幼馴染と言うよりも、やや兄妹同然のような話でした――」
これは、ヒルダの演出と脚本の流れだ。
7つ上のローゼンに、兄と妹然とした関係から慕う女性へと開花。
18年、村で過ごした青年ローゼンは出ていく。
あたしは11歳で...兄の“ローゼン”を慕う乙女ってことだけど。
いくらなんでもマセ過ぎやしないだろうか。
そん時のあたしは、きらきら光る王冠を2、3枚あつめてニヤニヤしてたし。
いや、魔法使いの専門学校に通ってたよ?
男の子いたかなあ~ あの学校。
30歳ころになった“ローゼン”は、同郷のシグルドとともに村へ一時帰還。
そこで、年頃になった妹と遭遇。
婚姻相手が決まってた、彼女の手をとって男“ローゼン”は聖都へ駆け落ちしたのだという――設定だった。
ヒルダさんは情緒溢れる語りを見せたんだけども。
聞かされた、あたしらは師匠を軽蔑しながら『不潔です』と罵った。
「鬼畜だろ、そいつ」
まあ、商会長もほぼほぼ同じ意見だ。
「いあ、思いを添い遂げたと思えば...」
「いやいや、自分は出奔して12年間音信不通、たまたま帰ったら妹が女っぽくなったからの理由で、婚姻相手から略奪愛と言うのは――流石に鬼畜以外の形容が思い浮かばぬ。血は繋がっていないにしても自分勝手すぎるのだが? それでもこの男はろくでなしだと評価できる!!!」
「だとするならば、汚い仕事に自責の念など無いことは」
そうだ。
潔癖な男は、自分の罪に向き合ったとき負ける。
間違いなく自滅するだろうし。
今回のように、都市の宝物庫へ他人を誘うことなどが出来ない。
「だが、同時にこちらも信が置けないんだが?」
ここに来て、商会長が渋る。
失敗が許されないから、渋るのだ。
商会長が優柔ではない。
「では、相方であるシグルドのことも――」
シグルドは、狩猟小屋を住処としてた流れ者である。
村に来て、ローゼンらと過ごしてたのは10年くらいの期間――村長らの手を煩わしてた、不良な少年だったという話――大人となった彼からは想像もできない話だ。
ヒルダさん曰く、ギャップ萌え。
意味が分からん。
シグルドは、村娘――アネット――あたしのことだけど。
彼女に横恋慕みたいなのを抱いてた。
ローゼンとは違って、ちょくちょく村に帰って来て、あたしと過ごしてる時間はあったぽい。
兄の悪友にして、ギャンブラー。
警備兵の宿舎でも小さな賭博をして、小銭を稼いでたタイプだって。
ヒルダさん曰く、ワルな男はそれだけで光る。
ますます意味が分からん。
「――ローゼンが村娘と駆け落ちした時、シグルドもその行為に加担したという訳です。かつての村を裏切れる根性に、悪友であるローゼンをも裏切って新妻と不倫する度胸。この男、使えます!!!」
蝋燭に浮かびあがる商人のどや顔。
そこに商会長の落胆は見えなかった。
「どいつもこいついも、、ろくでなししか居らんのか?!」
「は?」
「いや、いい...」
あたしは、ローゼンにお弁当を届けた後。
別の宿舎にあるシグルドの部屋へ寄る――昼間からの情事、逢引ってやつらしく...新妻となってからほぼ毎日、愛妻弁当の口実でシグルド兄さまと契る生活なのだという。
おーい、ヒルダさーんやーい!!!
なんだ、この設定。
いや、脚本。
あたしが悪い女じゃないかーい。