聖都の攻防 35 甘くない沙汰 11
龍海商会の下に帰ってきた小物の商人は、革袋に入った金貨を返却した。
手付かずとは言いにくいけど。
必要経費分はしっかり貰って、残りの分を返却した。
これらの差配は、傭兵から促されたものである。
「うん、やや重いが? どうした身体の調子でも悪いんじゃないだろうなあ」
感染させるなよ、儂も今は療養中の身だからぽっくりなんて事には――なんて馬鹿な話をするまでがデフォルト。
大方の察しはついている。
そもそも守銭奴たる者が、怖くて手がつけられないカネとなると、その後ろには鈍く光る凶器の存在があるものだからだ。いあ、或いはこんな絶妙なタイミングで良心の呵責に目覚めた、とか。
「いや、それはないか」
「なにがです?」
商人は不思議そうに商会長を見下ろしてる。
手揉みする姿も普段とは、少し違うような。
「やっぱり不調かね」
「いえ、そんな大層なことじゃないんです...」
やや歯切れの悪い返答。
応じ方にも間の悪さがあるようで。
「太守領の“ビーマム”という村へ行ってきました」
商会長曰く――行商人が行くのは、主に日用品の纏め売りの商いだけで、普段からの付き合いは無いんだという。また、場所が僻地すぎて旨味も少なく、交易商や旅商人もなかなか立ち寄らないから何があって、何が足らないのかという情報もないんだと言った。
「ほう、そうでしたか」
ちょっと目から鱗。
いや、事前に教えて貰っとけという話だが。
「と、なると...ビーマムの事情は向こうで?」
商会長の反応が人物評からすげ変わる。
そこにあるのはひとりの商人でしかないわけで。
「そうですね、村長が申すのは“ローゼン”という男は、それはもう大層な働き――」
「そこじゃねえ。村の様子だ!!!」
小物の商人にとっては、目の前の商会長の意図がまるで分からなかった。
彼にとっての商人職はあくまでも、コネクションつくりの為のもの。
生涯を賭けてやろうって機外は無い。
そこで、ちょっと行違う。
「む、村ですか。えっと、金貨の回収は...結社の仕事は?」
「それも大事だが...どうせしくじっても俺の命だけの問題だ。小店のひとつでも生き残れば、商会は未来に賭けられるってもんだ。そのためには、今まで秘境だった“ビーマム”ってのは宝になるかも知れねえんだわ」
って力説されると、小物の商人にとって自身のぐだぐだな人生が、スライムのようにみえた。
ビーマム村の特産は良質な羊毛だと分かる。
その他だと太守領で専売されてた“紙”だってことも。
羊皮紙や植物紙などもあったけど、数には限りがある。
また生産方法も相まって高価になりがちだったけど、太守領の“紙”は値崩れし難いものだったので、市場では安価とまでは言いにくいけど...まあ、それなりの価値として売買されてた。
「なんてことだ」
盲点といえば、そうだろう。
日用品の纏め買いには、小規模商会が担ってた。
ウイグスリーではないのは、領主が父親に信を置いていない証拠だが。
ビーマムの実態が漏れにくくする為だろう。
「で、ローゼンと言う男はどんなものだったか?」