聖都の攻防 33 甘くない沙汰 9
龍海商会の応接間には、目を細めている面長の初老と野心家な小物があった。
時に金貨回収作戦の差配に取り組んでいた。
夜半に荷馬車を繰り出す――7時間前の頃である。
◇
「それで?」
似顔絵は二枚。
簡単な人物評価の書類と、警備状況に関するものが数点。
卓上に広げられてあった。
人物評の主役は。
師匠の“ローゼン”と猟犬の“シグルド”である。
「こちらの者はつい最近、嫁を貰ったとのことでして。何かと物入りの様子」
そんな男が賭博に熱を上げている。
理由は一攫千金でもって、嫁さんを楽させたいとか。
それらしい野望を語った。
と、いうか...それ、信用できるん?
「ふむ」
ほら、疑ってるよ?
小物の商人は繕うように、
「こちらのシグルドは彼の、まあ...巻き込まれやすい体質の様子。悪友であるローゼンにカネを恵んでやるくらい貸していると。どちらも、はした金で動いてくれる良きコマでしょう!!!」
そういうのは信用できない。
仮にそんな言葉を付け加えても、やはりカネの積み方でコロコロと態度を変えるだろう。
商売人として力量を問われるのは、やはり目利きの方であろう。
これは人物の評価も然りである。
龍海の会長も、訝しんだまま顎のちょびちょびの髭に手を這わさせている。
「上辺だけならば、貴殿の言うように食い詰めているように思える。が、いささか不自然さも同時に感じられないだろうか?」
と、問われて小物の商人が明らかに不機嫌な声音を吐いた。
鼻息の荒い溜息は、少し前に景気づけだと呑んだワインのせいであるんだけど。
結社の末端構成員と、大手商会の会長とでは先ず“格”が違う。
そもそも対等でもないのだ。
オークニー商会という後ろ盾か、庇護のもとで――面会して貰えている状況に、小物の商人は気が付かないといけない。
それが“格”なのだ。
「貴殿が調べたのは、一行の余地はある。が、これは二人が同郷の士であって、この聖都に出てきた後の略歴でしかない。人は変わる...その根っこを調べてきて初めて! その人物の評価をいや、値踏みするのが商売人であろう。原産地は重要だ...どんな宝石も産地で輝きも変わるし、箔もつく...作戦決行までまだ、幾分か時間はあるだろう」
要するにアラ探しをして来いと、言っている。
憤るところは分かる。
小物とて場数は踏んできた。
単刀直入に『お前の調べは甘い』と突き返してもらった方が諦めがつくものだけど。
龍海の会長は、そのあたり結社の上司らとは少し優しい人物だった。
それが余計に腹立たしい。
「で、どこまで?」
皮肉に『奴らが未だ受精卵だった時まで遡るか?!』とか放ってみたかった。
が、口に出さなくて良かったと思う。
「この出身村の青年だった頃くらいで性格と、行動理念が分かるだろう」
と、告げたからだ。
◆
ローゼンとシグルドの兄弟分は、聖都から少し外向きの郊外。
太守領の片田舎にある“ビーマム”という村で育った――人口はわずかに100人ちょっと。
子供の数が多く、大人と呼べる者の数が極端に少ない。
「妙な臭いがする」
絹の布で鼻と口を覆う小物の商人と、傭兵ふたり。
あまり大勢で押しかけると警戒されると踏んだ。
「どなたでしょうか?」
村長は高齢である。
約80度ほど前傾姿勢で。
杖を左右に揺らしながら近寄ってくる。
うん、この御祖父ちゃん...漏らしてる。
この人から、う〇この匂いが。
香し過ぎて卒倒しそう。
「元凶はお前か!!?」
つき飛ばそうかとも思ったけど。
村長さんが察して距離をとってた。
「いやあ、申し訳ねえですねえ。さっきまで捻ってたもんで拭かずにきちまって...」
あ~あ。
なんて声が重なる。
「んで、何用です?」
えっと、何しに来たんだっけ?