聖都の攻防 32 甘くない沙汰 8
龍海商会から裏の仕事を請け負う、馴染みの傭兵が主だって。
徒党を組んで荷馬車とともに奔る。
石畳に刻まれた荷馬車用の轍を食みながら。
周囲の様子もうかがって静かに、そっと太守城へと歩を進める。
「あ~あ、損な役回りだぜ」
雑に伸びた顎髭を掻き。
そのなかの一つを摘まみながら...
傭兵のひとりがつぶやく。
「無駄口はいい、仕事さえすれば給金を弾むってんだ。こっちは言われたことにだけ、集中して...何も知りません、何も聞いてませんって事で切り抜けばいいんだよ」
勿論、太守城の警備兵に疎まれたらの場合だ。
対処としては、まあ。
それでもいい。
追及してくるか、否かは別の話。
「へいへい」
士気の低さはいつものこと。
この世の中に傭兵を“楽”させてくれる仕事なんてのはない。
大体のところ、もめごとの仲裁人にされるのだ。
今回は、まあ...きな臭さ抜群の香ばしい雰囲気が。
商会長に会った時から香ってた。
◇
太守城の向い側――ランタンの明かりだけを宙にかざして、丸く描く。
これが合図。
こっちの準備は整ったという。
対岸の城からも同じように、灯が見えた。
「じゃ、行くか」
荷馬車が太守城の裏手に回された。
表の吊り橋と比較すると、華やかさはないけど堅牢さは表以上に思える。
聖都を取り囲む城壁から見ると、館の周りに張り巡らされた城壁は一段低い。
助走をつけて飛び込む勇気があれば、おそらくは届きそうな気にさせるくらいの高低差はあるんだけど、それは絶対にしちゃいけない。
だって物理的に届くはずがないんだ。
都市の外郭壁から一番近そうなところでも、半ブロックはあいている。
感覚的には7、80メートルってとこだろうか。
腕や足を広げて、ムササビの要領で飛べたとしても、だ。
半ブロックの間で、上昇気流でも発生しない限り。
この試みは地面に熱烈なキスをすることになるだろう。
「こりゃ、攻略は難儀するだろうなあ」
が、師匠の感想だ。
太守から偽りの身分で、衛兵に身をやつしてるから知りうる情報。
表側から見ると、登るのも飛び降りるのも、飛行しつつ飛び込むのも無理に思える。
故に、武人らしからぬ感想となった。
さて、ヒルダさんに至っては「壊し甲斐がありますね」だ。
兄妹で攻略に関するアプローチが違うのは、師事した師匠が違うからだろう。
「やあ、こっちだこっち」
小物の商人が招かれて、次に傭兵たちとともに荷馬車が城内へ。
「少し遅かったが?」
あらかじめ決めて置いた刻限より、少し遅くなった。
夜の街だ。
明らかに不審者なのだから、街の警備から逃げるように遠回りしなくてはならない。
これが思った以上に手間取った。
太守は、師匠らに。
『如何なる理由があろうとも、街の警備・経路に普段とは違う行動はさせられない。故に、戴冠式前夜も加味して警備の範囲、規模、経路、巡回人数は倍で臨むことになる』と、告知していた。
その情報は、小物な商人が寝床としている娼館に伝えておいた。
対価の金貨が欲しくて焦っている態の演出のため、師匠はわざとらしく傭兵たちに「遅かったな」なんて囁いたのだが。
商人の方は狭い額をコツコツとはじきながら、
「事前に知っていても、不測の事態ってのは起こりうるものなんですよ」
ややキレてた。