聖都の攻防 30 甘くない沙汰 6
太守が管理する宝物庫は、武器庫同様に堅牢な城のようなとこにある。
聖都にはふたつの城がある、なんて市民は言う。
教会・法皇が住まう宮殿と。
太守が都市の行政を執行する館のことだ。
人工的に引いた分水池で堀がつくられ、普段は滅多に上げない跳ね橋がある。
文字通り、城壁の内側と市街の懸け橋となっていた。
ふたりの禄でもない兵士は、エールを煽ったその足で職場へと戻っていく。
千鳥足のローゼン。
それに肩を貸すシグルド。
「こらこら真面目に歩け! 新妻が寮で待ってるぞ」
とか。
なんからしい話をでっち上げ。
見送る小物の視線が切れるのを待つ。
なかなか切れんなあってのが、ふたりの一致した声。
◆
小物な商人は、ツキのない男二人を見送った後で――行きつけの娼館へ流れつく。立ち寄ったのではなく、流れ着いた。
彼は途方もなく酒に弱かった。
接待の為だと自らにカツを入れて、酒に飲まれたクチである。
ふらふらと、どこをどう歩いたかの記憶も定かじゃないのに。
帰巣本能でもあるかのように、娼館に流れ着いたとこ。
いや、その本能を使って家に帰れよ、と。
暖かく出迎えてくれるのは、営業トーク。
小太りのむさ苦しいおっさんの手を取ってくれるのも、それが営業だからだ。
だとすると、これ悲しくない?
「いらっしゃいませ...」
虚ろな光を放つ商人は、
「いや、もう一度」
「お帰りなさいませ、旦那さま」
うっすらと笑みをたたえる男がある。
ちょっと気持ち悪い。
「おお、我が愛しのエリー、いやマリー、うん? アンナ...い、」
「カタリナですけど、掠っても無いんで帰ってくださいます?」
機嫌を損ねた。
いやあ、娼婦通いもほどほどに。
酒飲んで青いのに、名前を間違って冷や汗が噴き出してる。
「いやいや、追い出さないで」
「帰る家くらいあるでしょ?」
その通りだけど。
彼の性格からすると、商売で得た利益は『将来の為だ!』と言って、よからぬものに投資している感じがする。恐らくは己の野望の為にと、本妻の実家からも、多額の借金でもしてるんだろう。
ゆえに。
ゆえに、家に帰ることが出来ない。
「そういう事情は、娼館で紐解かないでくださいね。娼館は“夢を得る場”です。心を濯いで、再び歩き出せるように...殿方の身も心も財布も軽くして差し上げる、そんな夢の国なんですの」
「なんか、さらっと聞き捨てならんこと言った?」
「さて、どうでしょう」
商人は、長期滞在中の部屋へと通される。
ここに入り浸りなのが先行投資だと、自らにも嘘をついた結果。
「いい加減、ツケ...払っていただけます?」
借金をする人間は、どこでも借金をする。
1時間、半日、1日、7日分と、働いて得たカネの価値が響かない者がいる。
この男はその類の者だ。
汗水流してようやく手にした“金貨”に最初は感激した。
が、その体験が長続きしなくなると、カネは逃げていくのだ――寂しがり屋なのだと、成功者は良く言う。
かもしれない。
あたしの財布は穴が開いてるけどね。
彼の場合は心に穴が開いてるっぽい。